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日産ゴーン事件だけじゃない、「司法取引」

ケーススタディ 日本版司法取引制度

 日産ゴーン事件で「司法取引」が注目されている。関連書も目立つようになった。本書『ケーススタディ 日本版司法取引制度 会社と社員を守る術 平時の備え・有事の対応』(ぎょうせい)は、その中でも最新刊に属するものだ。タイトルに「ケーススタディ」とあるように、具体的なシミュレーションが豊富に掲載されている。法務担当者だけでなく、企業の部長級以上の人なら一読しておくほうがよさそうだ。編著者の三浦亮太さんらは弁護士。

「自己の刑事事件」での有利な取り扱いを求める

 司法取引制度は、刑事訴訟法の改正を受けて、2018(平成30)年6月1日からスタートした。本書によれば、(1)特定の財政経済犯罪や薬物銃器犯罪を対象に(2)検察官と被疑者・被告人(「本人」)が、弁護人の同意のもと(3)他人の刑事事件について真実に基づいた供述をしたり、重要な証拠を提出するなどして捜査に協力する見返りに(4)検察官が、本人の刑事事件について、不起訴にしたり、より軽い求刑をするなどの有利な取り扱いをする、というもの。

 「日本版」という頭文字が付いていることからもわかるように、米国などの司法取引とはかなり異なる。適用されるのが「特定の犯罪」に限定されている。また、「他人の犯罪」についての捜査に協力して「自己の刑事事件」での有利な取り扱いを求める、という枠組みになっている。「自己の刑事犯罪」についてではない。

 本書執筆時では、三菱日立パワーシステムズを舞台とした贈賄事件と、日産ゴーン事件で司法取引が行われたことが明らかになっていた。いずれも、適用対象者が「他人の刑事事件」に協力する代わりに、「自己の刑事事件」の有利な取り扱いについて合意したとされている。

 「有利な取り扱い」とは、不起訴処分、公訴の取り消しなどのほか、事件化する場合でも、なるべく軽い刑で起訴したりすることなどが含まれる。素人考えで恐縮だが、大きな事件を立件して首謀者を訴追するために、従たる関係者を協力者にしてお目こぼしなどをするという感じだろうか。

 制度開始の前には、いろいろと議論もあったと聞く。確かにずいぶん思い切ったやり方だ。これまでの常識では理解できない。法運用の一貫性や捜査の公平性との関係はどうなっているのか、と気になるところもある。

「両罰規定」や「善管注意義務」に注意が必要

 対象が「特定犯罪」というと、何か相当限定された感じがあるが、本書を読めば、多くの読者はかなり広い範囲に及んでいることに驚くに違いない。

 刑法犯では、公文書・私文書偽造、贈収賄、詐欺、背任、業務上横領など。組織的犯罪処罰法に関するものでは、組織的詐欺、マネーロンダリングなど。独占禁止法ではカルテル、入札談合など。金融商品取引法ではインサイダー取引、相場操縦、有価証券報告書虚偽記載など。不正競争防止法では外国人公務員に対する贈賄など。会社法では特別背任など。租税に関する法律では所得税法違反や法人税法違反など。たいがいの経済犯罪が含まれている感じだ。

 従来、検察の特捜部などが苦労して捜査していた案件が、この制度を通じてかなりやりやすくなるであろうことが想定される。検察の「新たな武器」とも言われている。

 企業幹部が留意しておくべきことは、この制度の対象となる「自己」には、「法人」も含まれるということだ。そのことを本書は強調している。

 まず、犯罪によっては、「両罰規定」(違反者だけではなくその違反者が所属する法人にも罰則を科す規定)がある。社員の犯罪と思っていたら、会社も訴追されることがある。法人が刑罰を受けた場合は、罰金刑のような直接的な負担のほかに、指名停止などの処分を受ける恐れもある。司法取引のチャンスを逸すると、会社への損害が拡大する可能性がある。そうなると、取締役の善管注意義務が問われるかもしれない。取締役に進言する立場の部下なども、この制度のことを熟知しておかなければならないというわけだ。

IR汚職の端緒は?

 本書は以下の構成になっている。

Ⅰ 10分でわかる司法取引
Ⅱ 司法取引制度の概要・・・制度趣旨/司法取引における「合意」の概要/特定犯罪の概要/司法取引の手続の概要
Ⅲ 司法取引に対する平時の備え・・・司法取引とコンプライアンスとの関係/一般的なコンプライアンス体制の構成要素/司法取引に対する平時の備え
Ⅳ 司法取引を使うとき・・・事件が発覚したとき/司法取引の利用の検討/協議開始のタイミング/司法取引と経営陣の責任/検察官との協議開始後、合意成立まで
Ⅴ 司法取引:類型別ケーススタディ・・・ケーススタディの視点/ケーススタディ
Ⅵ 司法取引に巻き込まれたとき・・・会社が司法取引に巻き込まれる局面/会社が司法取引に巻き込まれるパターン/司法取引に巻き込まれることを回避する手段/司法取引に巻き込まれた場合の対応策

 本書の特徴は、冒頭にも書いたように多数の具体例がケーススタディとして掲載されていることだ。これがなかなか興味深い。頭の体操になる。

 「海外の政府高官に賄賂」「証券会社の支店長が、大口の優良顧客に損害を与えてしまい、部下に命じて違法な損失補填策」「食品会社の担当取締役が長年、部下に命じて品質偽装していたことが内部通報で発覚」「海外の子会社が赤字にも関わらず、本社の財務責任者が粉飾を指示」「法務部員が反社関係者に弱みをつかまれ、自社の予想以上の業績悪化情報をひそかに教え、反社関係者がカラ売りで利益」「代表取締役が息子の会社に不当な廉価で自社商品を卸させ、キックバックを得ていたことが内部通報された」など多岐にわたる。それぞれの業界関係者にとっては勉強になる。

 司法協力の公表義務はないらしい。捜査協力した関係者が証人出廷するなどすれば、判断が付く。日産ゴーン事件ではどんな司法協力があったのか。公判を期待していたのだが、裁判は延期のようだ。

 そういえば、今話題のIR汚職も、報道を見る限りでは発覚の端緒がよくわからない。カジノを含む統合型リゾート(IR)事業をめぐる贈収賄事件。なんとなく贈賄側が捜査に協力的な感じがするのだが、やはり司法取引があったのだろうか。とにかく経済犯罪は、この制度のおかげで従来に比べて飛躍的に捜査がやりやすくなっていることが推測できる。これからの検察の働きぶりに注目したい。

  • 書名 ケーススタディ 日本版司法取引制度
  • サブタイトル会社と社員を守る術 平時の備え・有事の対応
  • 監修・編集・著者名齊藤雄彦 監修、三浦亮太、板崎一雄 編著
  • 出版社名ぎょうせい
  • 出版年月日2019年12月13日
  • 定価本体2400円+税
  • 判型・ページ数A5判・203ページ
  • ISBN9784324107720
 

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