お堅いタイトルだが、内容は意外なほど人間臭い。本書『会計と犯罪――郵便不正から日産ゴーン事件まで』(岩波書店)。著者の細野祐二さんは、腕利きの公認会計士だったが、経済事件で逮捕され、最高裁まで争った「苦労人」。法律や世間の冷たさをとことん味わっているから、本書には「体験者」ならではのリアルな観察やつぶやきが随所に垣間見える。
細野さんは「異色の会計士」「伝説の会計士」としてその世界では有名な人だ。1953年生まれ。早稲田大の政経学部を出て公認会計士になり、日本やイギリスで会計監査、コンサルタント業務に従事したが、2004年にシロアリ駆除会社キャッツの粉飾決算事件に絡んで東京地検特捜部に逮捕・起訴される。無罪を主張し続けたが、10年に最高裁で有罪が確定した。現在は評論・執筆活動のかたわら、自分で開発したソフト「フロードシューター」で上場会社の財務諸表危険度分析を行っている。
逮捕されて以降、独自に旧日興コーディアルグループや日本航空、オリンパス、東芝と次々に粉飾決算を指摘、各方面で注目されるようになった。公認会計士の資格ははく奪されたが、日本唯一の「犯罪会計学」のエキスパートとして研鑽を重ね、多くのクライアントを持つ。弁護士などから相談を受けることも多い。
これまでに何冊もの著書があるが、中でも07年に刊行した『公認会計士vs特捜検察』はベストセラーに。検察や税務のプロの間でもよく読まれたそうだ。
19年5月刊の本書も、7月までに3刷になる好調ぶり。朝日、日経、東京、産経の各紙や、週刊エコノミスト、週刊東洋経済、週刊現代、週刊新潮、日刊ゲンダイなどで紹介されている。内容が評価されているからだろう。
細野さんによれば、世間の風向きは2010年の「郵便不正事件」「虚偽公文書事件」「証拠改竄事件」をきっかけに、劇的に変わったという。厚労省の村木厚子元局長が無罪になり、逆に特捜部の検事が逮捕された。特捜検察がやることが必ずしも絶対正義ではないということ、それどころか相当強引なやり方で有罪に持っていこうとする傾向があることがバレバレになり、「特捜事件の元刑事被告人に対する社会的差別が著しく緩和された」という。
今や出版界には「お縄系セレブ」という言葉まであるそうだ。ライブドア事件のホリエモンこと堀江貴文氏、元外務省職員で作家の佐藤優氏ら、元刑事被告人だが、多方面で活躍している人のことを指す。岩波書店の編集者から「細野さんもその1人」と言われたことがあるという。
そうした事情を踏まえて本書は、自身の事件とその後、村木さんの事件、さらに日産ゴーン事件と大別して三つの事件を軸に報告している。著者の有罪が確定したころ、郵便不正事件で村木厚子元局長が無罪となったので、二人の判決の差は何だったのかというところにこだわっている。「素人の司法論述」と揶揄されることを避けるために、本書の内容については、村木さんの無罪判決を勝ち取った弘中惇一郎弁護士のリーガルチェックを受けているそうだ。
本書では、こうした事件の本筋以外の部分で「そうなのか」と思ったところがいくつかあった。
・細野さんは一審から最高裁まで6年間の刑事裁判を争い、刑事・民事通算で合計4000万円の弁護士費用を払った。 ・経済事件における多くの被告人は、刑事事件のコスト負担に耐えられず、事実ではない罪を認めて泣く泣く事件を終わらせていくのが普通。 ・経営難に陥っていた日本語学校を3年がかりで再生させたところ、親会社からメールが届いた。「配当金を受領しました。つきましては、経営は当方で行いたいと思いますので、先生には社長を退任していただきます」。
まず、驚いたのは弁護士費用の高さ。一般的に相当高いことは知っていたが、長引くと、ここまでハネ上がるらしい。確かに普通の人は最高裁まで争えない。
日本語学校の件で痛感したのは、何といっても、親会社はエライということ。再建が軌道に乗ったと思えば、すぐに利益を独り占めにしようとする。資本の論理はドライだ。細野さんはもともとこの学校に長く関わる気がなかったので、さっさと退いたが、ちょっと不愉快だったようだ。
最後の日産ゴーン事件については、まだ進行中。郵便不正事件と日産ゴーン事件は、犯罪会計学を通じて「私のこの10年間の歩みに深くつながっている」という。裁判の行方については、「検察官と弁護人の有利不利がほぼ拮抗している」と冷静に見ている。
本書には、税務調査で高額の追徴を払う羽目になった話なども出てくる。細野さんの執筆動機は「本書が日本における犯罪会計学の研究に資すること」だが、国税や検察のターゲットになりかねない企業の役員らは一読しておくと参考になるかもしれない。
BOOKウォッチでは関連で『会計の世界史』(日本経済新聞出版社)、『青年市長は"司法の闇"と闘った 美濃加茂市長事件における驚愕の展開』(株式会社KADOKAWA)、『許せないを許してみる――籠池のおかん「300日」本音獄中記』(双葉社)、『消えた21億円を追え――ロッキード事件 40年目のスクープ』(朝日新聞出版)などを紹介している。
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