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吉永元検事総長がNHK記者に託した段ボール20箱

消えた21億円を追え

 NHKは2011年から、NHKスペシャルの大型版として「未解決事件」シリーズを放映している。本書『消えた21億円を追え――ロッキード事件 40年目のスクープ』(朝日新聞出版)は、その第5弾として2016年に放映された「ロッキード事件」を単行本化したものだ。番組は第54回ギャラクシー賞奨励賞などいくつものテレビ関係の賞を受賞した。

 NHKの特番は、膨大な事前調査をもとに制作されることで知られ、収集した情報すべてを番組で放映するには限界がある。Nスペ番組をもとにした『告白――あるPKO隊員の死・23年目の真実』(講談社刊)などと同じく、本書も、番組内容を軸に書籍として加筆再構成したものだ。

「都市伝説」があった

 取材班が「未解決事件」のシリーズとして「ロッキード事件」を取り上げようと動き出したとき、しばしば、「なぜ」と聞かれたという。というのも「ロッキード事件」は、田中角栄元首相など主要関係者が逮捕・起訴され、判決も出た。事件としては「終わっている」状態になっているからだ。ロッキード社の民間機トライスターの導入を巡り、ロッキード社から丸紅を通じて元首相に5億円が渡ったとされ、全日空からも複数の政治家に金が渡ったとされたというのが骨子だ。

 民間機購入を巡る汚職事件――。これがロッキード事件というわけだが、取材班が関心を持ったのは同時期に、ロッキード社が並行して日本に導入しようとしていた軍用機、P3Cを巡る疑惑だ。当時の新聞や雑誌などをめくると、当初はP3C疑惑も指摘されていたが、次第に消え、トライスターに絞り込まれている。そこで取材班は次のように考えた。

 「ロッキード事件は裁判という枠組みの中では決着がついたものの、その全貌が明らかになったわけでは決してない。検察は、あくまで一部の確実な証拠をもとに事件を解き明かしているにすぎない」

 そもそも取材班が「ロッキード事件」をやろうと思ったのは、「ロッキード事件を扱った番組は放送できない」という「都市伝説」のような話がテレビ業界にあったからだという。「何度も"ポシャった"らしい」「どうもさる筋から圧力がかかったらしい」。そんな風評を聞くたびに事件の背後に大きな闇を感じ、「全容が解明されていない」という疑念を深める。

時間はむしろプラスに働くこともある

 とはいえ40年前の事件である。今さら何か新しい事実を掘り出せるのか。誰しもがそう考える。取材班は、時間はむしろプラスに働くこともあると書いている。これはカンボジアPKOを扱ったNスペ『あるPKO隊員の死・23年目の真実』でもいえることだ。当時のPKOの隊長が、20年を経て貴重な資料をごっそりNHKに提供した。

 今回の再取材の基礎になったのは、NHKが戦後50年企画として収集していた膨大なロッキード関係の資料だ。当時は番組化ができなかったものが、きちんと残されていた。そのころ米国に情報開示請求をかけていた資料が、5年後、10年後に開示され、ストックがさらに増えていた。

 そして極め付きは、ロッキード事件の捜査を指揮し、その後、検事総長にもなった吉永祐介(1932~2013)氏から、元NHK記者の小俣一平氏に「後世に残してほしい」と託されていた膨大な捜査資料だ。カネの流れを示すチャート図や、関係者への聞き取りの記録など全部で約600点。段ボールで20箱を超えた。

 吉永氏は当時、個々の検事たちが、持ち場以外の情報を知ることで先入観を持たないよう、すべての情報を自分に集約、ほかに全体像を知る者がいない状態だったという。それだけにこの極秘資料の山は貴重だった。

「いまだに悔いが残る

 こうして、取材班は当時の関係者を訪ね歩く。ロッキード事件を担当したNHK社会部の元デスク・大治浩之輔氏は80歳を過ぎていたが、こう言って取材班の背中を押した。

 「民間機トライスターは事件の"一断面"に過ぎない。当時我々は、ロ社製の軍用機P3Cが事件の"本線"だと睨み取材をしていたにもかかわらず、検察の捜査に引きずられていくうちに、軍用機の線はうやむやになってしまった。いまだに悔いが残る」

 元東京地検特捜部の堀田力氏にも会った。しかし話がP3Cやロッキード社の秘密代理人、児玉誉士夫氏に及ぶと表情が曇り、口数が少なくなる。取材班が部屋を出ようとすると、口を開いた。

 「あの事件は日本にはびこる闇のほんの端っこに過ぎない。ただあれ以上は触れられない事件だった。国家権力を監視する東京地検特捜部といえども、触れられないことがある」

 こうして事件の闇を嗅ぎ当てた取材班はさらに取材を続け、「スクープ」を報じる。番組でも明かされ、本書でもさらに詳しく書かれている。

 NHKの取材班とほぼ同時期に朝日新聞の奥山俊宏編集委員も米国の資料を再調査し、『秘密解除 ロッキード事件』(岩波書店)を出版、のちに司馬遼太郎賞や日本記者クラブ賞を受賞している。奥山記者は単独プレー、NHKの本書はチームプレーと方式は異なるが、「ロッキード事件」の掘り起しは今も続いている。

 ちなみに、NHKが「未解決事件」シリーズでロッキード事件を取材し、放送した当時のNHK会長は、何かと批判された籾井勝人氏だった。会長がどうであろうと、現場はしっかりやっていたことがわかる。

  • 書名 消えた21億円を追え
  • サブタイトルロッキード事件 40年目のスクープ
  • 監修・編集・著者名NHKスペシャル取材班 (著)
  • 出版社名朝日新聞出版
  • 出版年月日2018年3月20日
  • 定価本体1500円+税
  • 判型・ページ数四六判・240ページ
  • ISBN9784022515322

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