ときどき冤罪事件が報じられる。無関係であっても気が重くなる。逮捕され有罪とされた人はたまらないだろう。いったいどんな捜査をしたのか・・・。じゃあ真犯人は誰だ、真相はどうなっているんだ、という疑問もわく。
本書『ママは殺人犯じゃない』は、いったん無期懲役が確定していたが、再審で無罪判決を勝ち取った青木惠子(1964~)さんの物語だ。
1995年7月、自宅が火事になり、逃げ遅れた娘が亡くなる。9月、火災は殺人事件として立件され、99年5月、大阪地裁で無期懲役判決、2006年最高裁で確定した。しかし青木さんは一貫して無実を主張して2016年8月10日、ついに再審で無罪判決。いわゆる「東住吉事件」の当事者だ。
出火原因は、起訴状では概略こうなった。「青木恵子と内縁の夫は、マンションの購入資金に困って娘の生命保険金を目当てに放火した」。
取り調べて刑事は怒鳴ったかと思えば、「なんで助けにいけへんかったんや。助けられへんかったということは殺したこととおなじやぞ」と優しい口調で語りかける。青木さんは連日の取り調べと、「ある秘密」を突き付けられたことで精神的にまいってしまい、自白書を書く。
普通の冤罪事件と違うのは、弁護士たちが本当に放火なのか、執念深く取り組んだことだ。2011年に起訴状通りの方法で放火の再現実験したところ、炎焼状況が目撃証言などと異なることが判明する。12年、再審決定がニュースとして報じられると、新たに、あちこちから情報が入ってきた。ホンダの軽ワゴンでガソリンが漏れたことがあるという重要な情報も。青木さんの駐車場に止めてあったのはそのホンダの軽ワゴン車だ。燃料タンクの不具合でガソリンが燃料タンクから漏れて気化し、それが駐車場に接する風呂釜の種火に燃え移り発火した可能性が浮上した。そのことが14年のさらなる再現実験でも立証され、再審勝利が確定的になる。
冤罪事件は一般に、かなり昔の事件について、最新のDNA鑑定などの結果、ひっくり返るというケースが多い。その場合は、真犯人が霧の中だが、本件は殺人事件ではなく、事故だったということになった。ある意味、余計にやりきれない。
最初に担当した検事は、青木さんにこう言ったという。「あなたを完璧に有罪だと思って起訴するわけではありません。状況証拠から、まあ、行けるだろうと思っています。もし無実なら、弁護士さんとがんばってください。私があなたの弁護士だったら、闘う方法はあります」。検事という立場上、起訴はするが、あとは裁判官の判断に任せるということだろう。
しかし、裁判官は弁護士の反論には耳を傾けず、検察への追随を繰り返す。青木さんは地裁で無期懲役、控訴も棄却。06年、最高裁で上告も棄却された。その後の共同通信の報道によると、最高裁で直前まで本件を担当していた滝井繁男裁判官だけはやや違ったようだ。自白調書の内容に疑問を持ち、当時24ページにのぼる「無罪」の意見を書き残していた。「原判決を破棄し、原審に差し戻すのが相当であると考える」。だが、定年退官で棄却決定の前に最高裁を去り、この意見は日の目を見ることがなかった。火災の再現実験で事態が大きく進展するのはそれから何年もたってからの話だ。
結局、青木さんは20年を超える獄中生活を強いられる。06年の最高裁までに関係した裁判官は20人以上。この中には4人の最高裁の裁判官が含まれている。滝井裁判官以外の全員が間違えた。失われた時間は戻らない。平成になってからの捜査と裁判でもこんなズサンなことがあったのかと、暗澹たる気分になる。捜査、司法、マスコミ関係者は目を通しておいた方が良い本だ。とくに警察情報に傾斜しがちな事件記者には必読本といえる。
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