定年後にどう生きるのかを説いた「定年本」が、この数年数多く出版された。本書『定年消滅時代をどう生きるか』(講談社現代新書)も、そういう本かと思ったら、まったく違っていた。対象は現役世代であり、終身雇用、年功序列が崩壊する時代を見越して、「自らの価値を高める方法」、「これからの働き方」を提案する内容だ。
著者の中原圭介さんは、1970年生まれ。慶応義塾大学卒業後、金融機関や官公庁を経て、現在は経営・金融のコンサルティング会社「アセットベストパートナーズ」の経営アドバイザー・経済アナリストを務める。著書に『AI×人口減少』(東洋経済新報社)、『日本の国難』(講談社現代新書)がある。
中原さんは、2020年は「日本型雇用改革元年」であり、2020年代には通年採用が拡大し、70歳定年が当たり前になり、2030年代には中途採用が5割を超え、75歳定年が定着すると予想している。
年金など社会保障制度を持続させるため、政府は2025年までに企業が社員を65歳まで雇用することを義務化した。年金の支給開始年齢を65歳からさらに引き上げるため、政府は定年後の継続雇用を70歳まで引き上げる「高年齢者雇用安定法」の改正案を2020年の通常国会に提出する予定だという。
さらに今後、10~20年間に政府は企業の雇用義務を75歳まで延長し、事実上の「定年消滅=生涯雇用」制度へのシフトを進めるだろう、と中原さんは見ている。
実際に大和証券グループ本社は、2017年に営業職を対象に定年制度を撤廃、ファンケルも2018年、契約社員とパート社員の全938人を対象に、無期限に雇用継続ができる制度を導入。さらに多くの企業が雇用継続できる年齢を大胆に引き上げることが予想される。
個人の会社員生活は50年前後になれば、20年と言われる企業の平均寿命を2.5倍も超えてしまう。平均的な働き方をする日本人であれば、人生で3つの仕事や会社を経験することになる。そこで中原さんは、「ひとつの仕事や会社に従事する期間を15~20年に区切って自らのキャリアを見直し、必要に応じたスキルアップをはかっていくことが肝要」と提案している。
「トヨタが変われば日本が変わる」として、「第3章 トヨタ『採用の半数が中途』の衝撃」では、トヨタは総合職の採用において、中途採用の割合を2019年度に3割に引き上げ、中長期的には5割を中途で採用する方針であることを紹介している。
その背景には、自動運転やシェアリング、電気自動車への対応が迫られていることがある。すでに自動運転技術の開発子会社では、新たに採用する社員の半数は海外から来ているという。
多くの企業が「適材適所」から「適所適材」へとシフトし、新卒一括採用、年功序列、終身雇用という日本型雇用システムは崩れていく、と見ている。雇用は中途採用が標準になる背景はこうだ。
1 世界でビジネスモデルの変化が目まぐるしいなか、新卒の社員を時間をかけて育てていくのは難しい 2 若手を育てるよりも、優秀な人材を転職市場から採用したほうがコストがかからない 3 求められる職務に応じてふさわしい人材を充てる「適所適材」という考え方が主流になる 4 硬直した人事制度や企業風土を変えるために、外部から多様な人材を取り入れる必要がある
こうした企業の変化に個人はどう対応したらいいのか。中原さんは「3年でひとつの領域のプロをめざす」ことを呼びかけている。ITやAIの力によって効率的にスキルを獲得できるコンテンツが普及し始めているという。若手や中堅であればスキルは最低3つ、年配であっても2つは持ってほしい、と書いている。スキルがあれば、何歳になっても求人はある。
そこで問題になるのが、「世界でも突出して学び直しをしない日本人」だと指摘する。社会人が就職後に大学などで学び直せるリカレント教育を受けている割合はイギリス15.8%、アメリカ14.3%、フランス6.7%であるのに対し、日本は2.4%にすぎない。
さらに問われているのが、大学の存在価値だ。優秀な学生を育てられない大学は衰退していく。本書では、学生の質を向上させるために、学部生の2割減、常勤教員の2割増という目標を2032年度までに達成しようという早稲田大学の取り組みを詳しく紹介している。
中原さんは、本を読まず、スマホを長時間利用する大学生にも警鐘を鳴らしている。そしてIT機器から離れ、古典などを読書する効用を説いている。
若い人にこそ、本書を読んでもらいたい。
ただし、一つだけ気になることがあった。中原さんは「定年75歳」などとおっしゃるが、実際のところ、60歳を過ぎれば次第に体力は落ちて、病院通いの人も増える。フルタイムで働くことは次第に難しくなる。周囲を見回しても、70歳以上で現役という人は、一般企業ではほとんどいない。そうした加齢による身体能力の低下も考慮したうえで、定年制というものがあったのではないか。
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