約1000年前の人なのに、現代ともつながる感覚がある――俳優の町田啓太さんがそう語るのは、2024年NHK大河ドラマ「光る君へ」で演じる藤原公任(ふじわらのきんとう)のことだ。
公任は「滝の音は絶えて久しくなりぬれど名こそ流れてなほ聞こえけれ」の歌が百人一首にも選ばれている、和歌の名手。のちに最高権力者となる藤原道長とは同い年で、学友でありライバルだった。
公任の人物像を詳しく知ることができる一冊『藤原公任 天下無双の歌人』(KADOKAWA/角川ソフィア文庫)が、2023年10月24日に発売された。国文学者の小町谷照彦さんによる1985年刊行の『王朝の歌人(7)藤原公任』(集英社)を、改題して文庫化したものだ。
祖父・実頼、父・頼忠とも関白・太政大臣を務めた、華やかな家系に生まれた公任。自身は政治では頂点に立たなかったものの、文化・芸術の面では誰からも憧れられ、最重要ポジションにいた。本書サブタイトルの「天下無双の歌人」は、約200年後に順徳院が『八雲御抄(やくもみしょう)』で記した形容だ。和歌では並ぶ者がなく、宮廷必須の教養であった漢詩、さらに管絃(音楽)にも優れていた。
詠み手としてだけでなく、歌の評論家としても、『和漢朗詠集』を編纂したり、三十六歌仙を選んだりと大活躍した。本書では、評論家としての公任の影響力がうかがえるこんな逸話が紹介されている。藤原長能という歌人が、歌会で詠んだ歌をその場で公任に批判され、気に病んでその後寝込むようになり、そのまま亡くなってしまったというのだ。反対に、褒められた人は小躍りして歌を口ずさみながら帰ったという話もある。
紫式部や清少納言にとっても、公任は憧れの存在だった。清少納言は公任に下の句を贈られた時、紫式部は公任のいるお祝いの場で、それぞれ非常に緊張しながら歌を詠んだというエピソードが残っている。一方の公任本人は、酔っ払って女房たちが集まっているところにやってきて「ここに若紫(紫の上)はいないか?」と『源氏物語』のヒロインの名を呼ぶなど、お茶目な一面もあったようだ。
町田さんが番組ホームページに「美意識と言語遊戯の世界で性別関係なく交流を楽しんでいた」人物だとコメントしている通り、公任は男女分け隔てなく歌を評価し、詠み合っていた。本書では、公任が女流歌人・和泉(いずみ)式部の技巧を絶賛したエピソードが紹介されている。和泉式部は紫式部と同じく中宮・彰子(しょうし)に仕えていた人物で、「光る君へ」でのキャストは未発表だ。楽しみに待ちたい。
町田さんは、公任が性別で評価を分けない点に、現代の感覚とつながるものを感じているそう。男性にも女性にも広く尊敬されて慕われ、宮廷社会の中心でキラキラと輝く町田版公任が見られるかもしれない。
【目次】
第一章 三舟の才人、天下無双の歌人
第二章 栄光の家系
第三章 得意と失望とのはざま
第四章 権力者をめぐる惑星
第五章 栄華の余光
第六章 憂愁の晩年
■小町谷照彦さんプロフィール
こまちや・てるひこ/1936年長野県生まれ。東京大学大学院博士課程単位取得退学。東京学芸大学名誉教授。著書に『源氏物語の歌ことば表現』(東京大学出版会)、『古今和歌集と歌ことば表現』(岩波書店)、『王朝文学と歌ことば表現』(若草書房)、『絵とあらすじで読む源氏物語』(新典社)など、校注書に『拾遺和歌集』(新日本古典文学大系・岩波書店)、『狭衣物語』(新編日本古典文学全集・小学館、共著)、『古今和歌集』(ちくま学芸文庫・筑摩書房)などがある。2014年没。
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