読むべき本、見逃していない?

「天才バカボン」と「日本国憲法」の意外な関係

  • 書名 日本国憲法
  • 監修・編集・著者名松本弦人 編
  • 出版社名TAC出版
  • 出版年月日2019年11月30日
  • 定価本体1700円+税
  • 判型・ページ数四六判・221ページ
  • ISBN9784813286738

 毎日新聞の「読書日記」で紹介されたり、テレビ朝日の報道ステーションでも取り上げられたり。本書『日本国憲法』(TAC出版)が何かと話題になっている。103 の条文とすごい美術69作品で、憲法を味わう――憲法×アートによる、あたらしいタイプの「日本国憲法」の本、というのが版元の宣伝文句だ。

有名なキスシーン

 構成は単純。縦書きで憲法の条文、横書きでその英訳。見開きの左ページに様々なアート作品が添えられている。条文とアートの間に、何らかのつながりが感じられるケースもあれば、なぜその作品なのか、すぐにはピンとこないものもある。

 「第一章 天皇」の項目では、国際的に活躍する写真家、杉本博司による昭和天皇の「ポートレート」が掲載されている。「1999」という制作年が明示されているので、昭和天皇を生前に撮影した写真ではないことがわかる。では、これはいったい何だろう、と首をひねってしまう。すでに公開されている写真を何らかの方法で複製したものなのだろうか? 

 そこで、巻末にある「図録索引」を見ると、意外なことが分かった。実はこの作品は、英国のマダム・タッソー蝋人形館の蝋人形を撮影した「ポートレート」シリーズの一作品なのだ。「象徴の意味である[抽象的なものを表す具体的なもの]を具現化した」と説明されている。

 「第十四条」に付く作品の一つは1950年の大ヒット映画「また逢う日まで」のキスシーンだ。岡田英次、久我美子の主演。戦争に引き裂かれる若い男女の悲恋がテーマだった。戦後まもない時期の日本人には身に染みるものがあったはずだ。「すべて国民は、法の下に平等」というのが14条なので、なんとなく感覚的につながる感じがする。「人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない」というこの条文は、当時の日本人にとって新時代の到来を告げる画期的なものだったはずだ。ますますこの作品との親和性を感じる。

篠山紀信や楳図かずおも登場

 条文に合わせて登場するアート作品は美術、漫画、写真、映画など多彩だ。写真では篠山紀信、林忠彦、濱谷浩、植田正治。漫画では水木しげる、楳図かずお。このほか荒川修作、安藤忠雄、高松次郎、福田美蘭、会田誠ら多数の有名人の作品が添えられている。

 「第三十六条 公務員による拷問及び残虐な刑罰は、絶対にこれを禁ずる」という条文には、赤塚不二夫の「天才バカボン」のキャストが登場する。ピストルを持つお巡りさん、「本官さん」だ。「日本で一番銃弾使用量の多いおまわりさん」の異名も持つ。何かと拳銃を発射したがるのが「本官さん」だ。いわば公権力濫用の代表的な公務員。ちょっとしたギャグというところか。

 本書は「日本国憲法」を、五感をフルに使って味わうことができる今までになかった1冊だという。アート作品をぼんやり眺めているだけでも楽しい。無味乾燥な条文が、横に添えられた作品によって色彩や輝きを見せる。憲法とアートのマリアージュで、予期せぬ化学反応が起きている。

 掲載作品はすべて戦後のアートだ。戦後の日本社会を規定してきた憲法を、戦後に生まれた自由奔放、多彩なアートで彩る・・・そこに、本書の深い意味合いが込められているような気がする。「第一章 天皇」の杉本作品にその意味合いが「象徴」されているのではないだろうか。戦前ならおそらく「不敬罪」だろう。そのあたりはBOOKウォッチで紹介した『戦前不敬発言大全』(パブリブ刊)や、『空気の検閲――大日本帝国の表現規制』(光文社新書)が参考になる。

 「第十条」では世界的なアーティスト、柳幸典の日の丸をコラージュした作品「Hi-no-maru」も登場する。これも戦前ならアウトだろう。本書を眺めながら読者は、戦前と戦後の憲法の違いと、「表現の自由」について気づかされることになる。そうした視点で再び本書を最初から読み直すと、新たな発見が多々あるに違いない。

出版元はTAC

 編者はグラフィックデザイナーの松本弦人さん。それだけに編集には凝っている。実際に手に取ってもらうとわかるが、注釈などの入れ方はかなり複雑だ。ふつうの編集者ではできない作業だろう。編集委員として、島本脩二さんも加わっている。1982年に企画編集した『日本国憲法』が、これまでに110万部というベストセラーになっている。出版界では有名な編集者だ。

 特に「まえがき」や「あとがき」もないので、なぜこの本をつくったのかはよくわからない。安倍首相が相変わらず「憲法改正」に執心しているからなのか。出版元がTAC出版というのもよくわからない。多数の資格試験の学校を経営しているTACの出版部門。いわゆる資格試験本で知られる会社だ。司法試験の講座などもやっているから関係があるといえばある。いろいろと謎めいている本だ。すぐに答えがわからないところが面白い。

 「これから先、10年後の暮らしを想像しながら、一度は読んでみてください!」というのが、本書についての島本さんのメッセージだ。これまた謎めいている。

 実際のところ、本書の編集は大変だったに違いない。大御所的な方々や著作権者に本書の趣旨を説明し、掲載の了解を取らねばならない。大先生はたいがい自作品がパーツで使われることを良しとしない。その労を知る意味でも、そして前述のような深いメッセージが込められているのではないかということを知るためにも、マスコミ関係者は一読する価値がある。

戦後最初の太陽

 最後に一つ注釈。「すべて戦後作品」と書いたが、正確には一点だけ1945年8月15日の作品がある。有名な写真家・濱谷浩の「終戦の日の太陽」だ。疎開先の新潟県高田で玉音放送を聞いた後に撮影したものだという。まあ「戦後」と言ってよいだろう。

 濱谷は木村伊兵衛らとともに戦前は、「東方社」に所属していたことがある。陸軍の参謀本部傘下で軍事宣伝雑誌「FRONT」などを発行していた会社だ。『秘蔵写真200枚でたどるアジア・太平洋戦争――東方社が写した日本と大東亜共栄圏』(みずき書林)に当時の話が出ている。濱谷はいったいどんな思いで「終戦の日の太陽=戦前最後の太陽」を撮ったのか。それはもちろん本書の趣旨にのっとれば、戦後日本の新しい船出を「象徴」する太陽でもある。

 ちなみにこの写真は「第四十一条 国会は、国権の最高機関であつて、国の唯一の立法機関である」という条文に添えられている。

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