9月の自民党総裁選は、憲法9条の改正が争点になるそうだ。戦力不保持と交戦権否認を定めた9条2項について、改憲を悲願とする自民党総裁の安倍晋三首相は「そのまま残しつつ自衛隊の存在を明文で書き込む」と言っている。対する石破茂・元幹事長は民放の番組で、「戦いのルールである交戦権を否認する2項は削除すべきだ」と反論していた。しかし、論点がどうもよくわからない。自民党というコップの中の議論を聞いていると、9条の争点化は改憲実現への地ならしではとの疑念も浮かんでくる。
本書『「改憲」の論点』(集英社新書)は、そんな疑り深い人にお勧めだ。筆者は、安倍政権の恣意的な権力の運用に反対し、立憲主義の回復を求める研究者らでつくる「立憲デモクラシーの会」の論客8人。だから自民党案への冷徹な分析はもちろんだが、リベラルの側から続々登場する「新9条案」も俎上に乗せ、広い視野で問題点を整理している。
安倍氏の改正案は、首都大学東京教授の木村草太さんが第1章で分析する。まず、議論の前提として、国連憲章が二度の大戦を経て「武力行使の原則禁止」を定め、侵略行為があった時の例外として、安保理決議に基づく国連軍・多国籍軍による武力行使と、安保理決議までの間の被害国による個別的、集団的な武力行使のみが認められていることをおさらいする。そして日本の憲法9条について、政府が従来、「憲法は13条で国民の生命、自由への権利も定めており、この権利が蹂躙されないための必要最小限度の武力行使は9条下でも例外的に許容される」「憲法13条はあくまで国民の権利を守る内容であるため、自国が攻撃された場合の個別的自衛権は行使できるが、他国の防衛を援助する集団的自衛権は行使できない」としてきた解釈について、説得力があるとしている。
しかしご承知の通り、安倍政権は2014年、閣議決定でこの政府解釈を変更して集団的自衛権の行使を容認し、翌年成立させた安保法制では、他国への武力行使で我が国の存立が脅かされる「存立危機事態」には自衛隊が海外に防衛出動して集団的自衛権を行使できる、とした。木村さんはこの安保法制を前提に、安倍氏の改正案である自衛隊を明記する方法として以下の3つを挙げる。
・任務を個別的自衛権の範囲に限定して書き込む方法。国民投票で可決される可能性はあるが、安保法制にある集団的自衛権の容認条項の違憲性が際立つことになる。
・存立危機事態での武力行使容認も明記する方法。安保法制の違憲の疑いを払拭できるが、可決の見通しは明るくなく、否決されれば安保法制を撤回することになる。
・多国籍軍などへの参加を含め、国際法上許される武力行使を全面解禁する方法。これは2項で保持しないと宣言している「軍」を持つことになり、2項削除の改憲も必要になる。
そのうえで、安倍氏が採る方法として、任務の範囲を明記せず、自衛隊を組織してよいという趣旨の規定だけ書き込んで発議するのではないかと推測し、次のように釘を刺している。
「『任務を曖昧にした国民投票』作戦は、やはり卑怯でしょう。政府は、国民に分かりやすく説明した上で、国民の信を問うべきです」「発議をする側は、『この改憲をしても、自衛隊の在り方はこれまで通りです』と説明するでしょう。つまり、国民投票では『改憲してこれまで通り』と『改憲せずに現状維持』の二択を迫られることになります。何のために、多大なコストをかけて国民投票するのか、よく分かりません」
第2章では、学習院大学教授の青井未帆さんが、平和国家の姿を憲法に書き込んで権力を抑制する試みとして、リベラルの側から近年唱えられるようになった新9条改憲論を分析する。映画作家の想田和弘氏やジャーナリストの今井一氏、立憲民主党の山尾志桜里氏らの考えを紹介し、傾聴に値する議論が多いとする。しかし、イラク日報が隠されるなど文民統制がなお十分機能していない事例を挙げ、「憲法に文民統制を盛り込めば問題が解決するということではない」と指摘。今するべき議論は新9条論ではないとして、こう記している。
「現在の日本の政治状況は新9条を論ずる以前の段階に留まっていることを直視するべきだ」「事柄は憲法の構造全体や日米安保条約・日米地位協定の改定に関わる問題であることにも注意が必要」「憲法改正は、白地に理想の国家を描くことではありません。これまで築いてきたものを前に、私たちは現実的に着地点を探るしかない」
このほかに取り上げられている論点は、「専守防衛」(柳澤協二・元内閣官房副長官補)、「改憲勢力」(中野晃一・上智大学教授)、「アメリカ」(西谷修・東京外国語大学名誉教授)、「解散権」(山口二郎・法政大学教授)、「国民投票」(杉田敦・法政大学教授)、「立憲主義」(石川健治・東京大学教授)と、条文の争点から改憲論議をめぐる政治状況まで幅広い。
憲法施行から71年。改めてこの国の憲法の来し方、行く末に思いを巡らせ、自分のスタンスを決めるのに役立つ一冊となっている。
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