「大奥」と聞けば、豪奢に着飾った女たちによる熾烈な闘い、愛憎劇、将軍の寵愛を求めしのぎを削る女たちの姿が思い浮かぶ。大奥を扱った映画、ドラマ、小説、漫画の影響だろう。
そんな大奥のイメージを刷新する「江戸のお仕事小説」がある。永井紗耶子さんの『大奥づとめ』(新潮社)だ。本書は、大奥に「就職」した女たちの情熱と苦楽を描いた連作短編集。
昨年(2019)11月、第1回「Book Fan Meeting 丸の内」が開催された。「Book Fan Meeting 丸の内」とは、作家がゲストとして招かれ、作品・本・読書の魅力を語り、読書に興味のある参加者と交流する場。そこで永井さんは、本書『大奥づとめ』を題材に、大奥の組織、女性の働き方の歴史について講演した。
本書は、江戸幕府第十一代将軍徳川家斉の時代の大奥を書いたもの。永井さんによると、実際の大奥は、一般的なイメージと「全然違う側面」を持っていたという。
「御手付きと言われる女性たちがおります。それはいわゆる将軍の愛人、という人なのですが、むしろそれ以外の人たちの方が圧倒的に多かった。それを書かせていただきました。......働く女性が共感できる歴史上の人は、どんな女性だろう。というところからスタートしました」(「Book Fan Meeting 丸の内」サイトより)
本書の内容に入る前に、そもそも大奥とは? という素朴な疑問を解決しておきたい。永井さんによる説明によると......
・1605(慶長10)年、江戸城設立時に将軍妻子の住まいとして作られる。
・将軍正室の御台所(みだいどころ)を頂点に、女のみで運営される。
・「大奥三千人」と称されるが、実際は三百から千人ほど。男子禁制。
・十一代将軍家斉の側室は、最大で四十人。
・大奥に入るには、一、引き、二、運、三、器量。
・基本的に旗本の娘であり、能力に応じて出世可能。ただし、養女も可であり、農民や町人も旗本の娘として上がることができる。
引き、つまりコネクションが最優先。器量と言っても容姿だけでなく、特技、能力が求められたという。たしかに、本書に登場する女たち全員が容姿端麗というわけではない。それぞれに能力があり、魅力的な人柄として活写されている。
己を磨き、美しく着飾り、上様の御目に留まり、御手付きになり、子を産んで側室になる――。これこそが大奥の出世と思われていた。しかし実際は、側室になる者はほんの一部だった。
「『お清(きよ)』というのは、上様の御手の付いていない奥女中たちのことでございます。そして、大奥の中においては、お清の方が大多数を占めており、少数派である『汚れた方』たちは、上様の御寵愛の度合いや御子のあるなしなどによって、お立場が左右されます。」
「御手付きにならずとも、栄達の道あり。女の道は、つとめをきわめることなり。」――。「汚れた方」とは対照的に、色恋そっちのけで仕事に生きる「お清」とは、つとめに人生を懸け、大所帯を支えた女たちだった。
本書は「ひのえうまの女」「いろなぐさの女」「くれなゐの女」「つはものの女」「ちょぼくれの女」「ねこめでる女」の6話からなる。女たちの年齢、出自、容姿、能力、大奥に入った経緯はさまざま。ここでは、本書に登場する大奥の仕事を紹介しよう。
・御三の間(おさんのま)......正室である御台様の水回り。他に将軍や御台所の最側近の御中臈、御年寄の雑用。いわば奥女中としての出世の第一歩。
・御祐筆(ごゆうひつ)......文を認(したた)め、記録を作り、整理する。御台様をはじめ、大奥で生まれた上様の御子たちの日々の記録。さらに、皆様から各班、諸侯への文を認める。
・呉服の間......大奥の奥女中たちの衣装を整える。水回りの仕事をする女から御台様までの衣装を整え、衣替えの季節には支度をする。
・御末(おすえ)......掃除、洗濯、水仕事。男手のない大奥では、力のある女、大柄な女は重宝される。
・表使(おもてづかい)......大奥の重役である御年寄からの要望を、表の役人に伝える。大奥で、公に殿方と会うことを許された立場。
・御仲居(おなかい)......煮炊きを取り仕切る。
・御小姓(おこしょう)......稚児髷を結い、良い振袖を着て、御年寄様の御側に侍る。
大奥が舞台となれば、いかにも意地悪な先輩が次々登場しそうだが、ここでは親身に接してくれる魅力的な先輩がズラリ。「豪華絢爛な女の園」というイメージからはほど遠い仕事に就く者もいるが、それぞれの適性に合った環境を与えられ、周囲から多くを学び、女たちは次第に能力を発揮していく。
評者がそうなのだが、時代物が苦手な場合、見慣れない言葉や大奥の組織を理解するのにやや時間がかかるかもしれない。しかし、それ以上に本書について言いたいのは、現代に通じる、女性の等身大の姿が描かれていたこと。
「奥の中では、奥の理がある。されど世俗には世俗の理がある。この奥に覚悟を決めて参ったつもりでも、里に帰ると否応なく、あったはずだったもう一つの道を見せつけられる。すると何やら物足りなさが胸をつき、そなたのように廊下の端で泣いている奥女中に、これまでも何人も会うたわ」
何かを選び、何かを置いてきた経験は、誰もが持っているだろう。結婚、仕事の悩み、葛藤、もっと自分を磨きたいという向上心。身に覚えのある感情がリアルに描かれている。時代の隔たりを感じることなく、自分ごととして受け止め、共感の連続で読むことができた。
著者の永井紗耶子さんは、1977年神奈川県生まれ。慶應義塾大学文学部卒。新聞記者を経てフリーランスライターとなり、新聞、雑誌などで幅広く活躍。歴史文化を学ぶため、佛教大学大学院で仏教文化修士号取得。歴史小説に定評がある。2010年「絡繰り心中」で第11回小学館文庫小説賞を受賞し、デビュー。他に『広岡浅子という生き方』(洋泉社)、『福を届けよ 日本橋紙問屋商い心得』『横濱王』(ともに小学館文庫)など。
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