ただちに類書がいくつか思い浮かぶ読者もいるだろう。『欧米人の見た開国期日本――異文化としての庶民生活』 (角川ソフィア文庫)。幕末から明治初期にかけての日本が、欧米人の目にどう映ったかを報じたものだ。
著者の石川榮吉さん(1925~2005)は人類学者。専攻は社会人類学。京都大卒。東京都立大で長く教え、『南太平洋物語―キャプテン・クックは何を見たか―』で毎日出版文化賞受賞。日本民族学会会長(現・日本文化人類学会)も務めた。本書はかつて風響社から刊行された単行本の文庫化だ。
類書と異なる大きな特徴は、本書が上手な「まとめ本」だということ。外国人が開国期間の日本に関して記した体験記録は多数ある。本書はそれらを軸に、「庶民生活」という視点から、テーマごとに再構成したところが新しい。
加えて著者自身が「文化人類学者」というのもユニークだ。オセアニアなど南太平洋を中心にフィールドワークしているので、幕末に日本を訪れた欧米人と同じような立場を経験している。「文明国民」が「非文明国民」の姿を見つめ直す時、どのような落とし穴に陥りやすいか。そのあたりも踏まえたうえでの冷静な分析を知ることができる。
本書は「第一章 日本人の容姿」「第二章 花の命は短かくて」「第三章 破廉恥な日本人」「第四章 男尊女卑うらおもて」「第五章 庶民の服装」「第六章 庶民の飲食」「第七章 簡素な庶民の住居」「第八章 矛盾だらけの日本人」「第九章 印象あれこれ」の九章仕立てとなっている。
最初のところで、1861年の横浜外国人居留地の国別人口が掲載されている。それによると、イギリス人55名、アメリカ人38名、オランダ人20名、フランス人11名、ポルトガル人2名の126名。彼らのうちの少なからぬ人々が旅行記や日記の類を残している。巻末には他の来日外国人も含めて、彼らによる40件ほどの文献リストが掲載されている。
オールコック『大君の都』、バード『日本奥地紀行』、ゴロウニン『日本幽囚記』、ゴンチャロフ『日本渡航記』、ハリス『日本滞在記』、ペリー『ペルリ提督日本遠征記』、サトウ『一外交官の見た明治維新』などはよく知られている。
本書の中で関心をそそるのは、まずは「第一章 日本人の容姿」だろう。ハッキリ言ってボロクソである。男は特にひどい。既婚女性も美しいとはいい難く、結婚前の娘に限って、愛らしさや美しさが称揚されている。
「第三章」は、「破廉恥な日本人」という穏やかならぬ見出しが付いている。内容は細かく分かれているが、まずは「混浴と羞恥心」から。
多くの欧米人は「混浴」には仰天した。しかも、家から湯場までが近い場合は、素っ裸で帰宅する男女も少なくないというのだ。誰もじろじろ見たりはしない。なぜ日本人はこんなことが平気なのか。彼ら自身の分析は三種に大別できるという。
第一は、日本人には道徳観念が欠けている。第二は、日本人の性観念のだらしなさ、性的堕落によるとする。ペリーに随行したウィリアムズは「日本は非キリスト教国の中で最も淫蕩な国ではないか」と批判している。第三は、「社会が異なれば羞恥心も異なる」というもの。これはスイス領事だったリンダの見方だ。文化人類学に近い。
そもそも1791年には、江戸での混浴禁止の町触れが出ているが、実効なし。改めて1869(明治2)年に東京で男女混浴が禁止され、90年に、数えで七歳以上の混浴禁止が布告されて、ようやくピリオドが打たれた。
関連した記述で笑えるのは、1867(慶応3)年にパリ万博に参加した幕府代表団員の話。日本では夜でも人前では許されないことをパリでは白昼堂々やっているので驚いたというのだ。本書では「おそらくは男女の抱擁かキスのことであろう」と推測している。所変われば、羞恥心も変わるということか。
つづいて「性の防波堤」「売春天国日本」についてもまとめられている。よく知られているように、日本では売春が合法化され、しかも上納金が幕府の財源にもなっていた。17世紀末にオランダ商館付の医師として、約2年間出島に滞在したケンペルは二度にわたって江戸にも出向いたこともあり、道中の見聞記を書き残している。そこでは、各地での売春の盛行ぶりが詳しく記されている。
幕末の開港に先立ってまず設けられたのは、税関と女郎屋だった。著者は、1945年8月28日に占領軍が進駐してくる前日までに、一般公募も含めて1360人の慰安婦が確保され、「特殊慰安施設」第一号が大森小町園に開設されたこととの類似性を指摘している。
ペリーの公式報告書には、ペリー艦隊が江戸湾停泊中に、すでに水兵連中が日本女性と交渉を持ったことが記されているそうだ。 川村湊さんの『妓生(キーセン)――「もの言う花」の文化誌』(作品社)によると、日本では1100年ごろには、すでに大阪湾近辺に巨大な「歓楽街」があったそうだから売春の歴史は古い。『出島遊女と阿蘭陀通詞--日蘭交流の陰の立役者』(勉誠出版)によれば、長崎の出島でも遊女は不可欠な存在でオランダ人の相手をしていた。
明治に入って欧米人から女郎制度を「人身売買」と批判される。あわてて、1872(明治5)年に芸娼妓解放令を出すが、ザル法に終わっていたことは、『芸者と遊廓』(青史出版)に出ていた。
本書では開国当時の日本人とその風習、人間模様などについて、外国人による分析が実に細かく紹介されている。今や廃れたものもあれば、今も変わらないものもある。現在に生きる日本人が150年前の自画像を探る手助けになり、なかなか興味深い。
BOOKウォッチでは幕末・開国に関係する外国人がらみの本として『レンズが撮らえた幕末維新の日本』(山川出版社)、『青い眼の琉球往来――ペリー以前とペリー以後』(芙蓉書房出版)、『チャールズ・ワーグマン――「幕末維新素描紀行」』(露蘭堂)、『幕末日本の情報活動――「開国」の情報史』(雄山閣)、『新にっぽん奥地紀行――イザベラ・バードを鉄道でゆく』(天夢人 発行、山と渓谷社 発売)、『逝きし世の面影』(平凡社)なども紹介している。
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