雪之(ゆきのぶ)さんの本書『これが苦情処理室のお仕事です。―― 潜入、変装、私がやるってことですか?』(一迅社)は、堅物の主人公が不本意な異動を命じられ、窓際部署で奮闘するお仕事小説。職場っていいな、社員同士の関わりっていいなと感じられる1冊。
北条霧子は、ほどよいレベルと安定感の「××商事」に勤め、総務部に所属していた。28歳になり、「そろそろ人より一歩上に行きたい」と、現在の仕事方法の改善案を上司に提出した。ところが、上司から告げられたのは「苦情処理室、行ってくれる?」の一言。それは事実上の自主退社の勧めだった。
「私はきちんと業務をこなしていたし、それ以上のことだってしてきた。にも拘わらずこんな仕打ちをされるだなんて一体全体どういうことだ。そもそも、仕事をする場所で仕事をすることのどこがいけないのだ」。どうにもできない気持ちを抱えたまま、霧子は苦情処理室へ異動させられた。
苦情処理室は、5階建て社屋の4階にあり、室内は乱雑だった。そこで霧子を迎えたのは、伸ばしっぱなしの髪に眠たげな目、覇気を感じられない30代前半ぐらいの男。久御山渉というその男は、苦情処理室の唯一の社員であり、室長と自己紹介した。霧子と対照的に、久御山は穏やかな笑顔を向け、緊張感の欠片もない。
「――猶予は三ヵ月。その間に転職先を探すか、元の部署に戻れる努力をするか。好きなほうを選んでくれるかな」と、久御山は鋭さを持つ視線に笑みを浮かべ霧子に告げた。
本書は「一章 経理部のお姫様」「二章 営業部の子ども」「三章 人事部の回遊魚」「四章 苦情処理室の正体」から成る。
仕事の依頼者は、苦情処理室の扉をノックする。一人目は、経理部の安野。無断欠勤している後輩・此花に対して、苦情の連絡をしてほしいという。霧子が此花に連絡をとり、久御山が安野について調べていくと、安野の周りに多数の退職者・異動者がいることが発覚した。霧子は久御山から、安野の言動を注意する役を任される。
二人目は、営業部の森下。会社の飲み会などの社員同士の交流は、勤務時間外に強制するものではないと言い放ち、乱暴に出て行った。久御山と霧子は、清掃業者の制服を着て営業部に潜入し、森下を観察する。森下は、誰とでも楽しそうに会話する同期の鈴木を見て、不満そうにしている。森下が鈴木に対し、一方的にコンプレックスを抱いている様子がわかる。
章が進むにつれて、久御山の同期や上司が登場し、謎に包まれた久御山の正体、苦情処理室の正体が徐々に明かされる。霧子は、持ち前の生真面目さで苦情処理室の仕事を片づけていくうちに、社内の人脈が広がっていく。久御山を上司として尊敬するようになり、さらにはそれ以上に意識し始め、社会人としても女性としても一皮むけていく。
「やることをやって、やらなくていいことをやらない。自分の仕事をこなしていれば、他人のことなんて気にしない。そう思っていたはずなのに、他人であるはずの久御山さんのことが気になって仕方がなかった」
自分が正しいと思い込み、眉間に皺を寄せて「鉄壁を築いて周りを拒絶していた」霧子が、久御山をはじめ、社内の人間との関わりを通して、見違えるほど成長していく。そこが本書の読みどころ。どんな職場にもドラマがあり、自分の職場にもこんな上司、先輩、同期、後輩がいるかも......と、本書を読むと職場の見方が変わるかもしれない。
著者の雪之さんは、2017年『我輩さまと私』(アイリスNEO)でデビュー。普段は小説投稿サイト「小説家になろう」で活動している。埼玉県在住。
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