老屋顔というのは中国語で古い建物の表情といった意味だそうだ。台湾のレトロ建築ファンクラブの名前で、著者二人はその設立者だ。『台湾名建築めぐり』(エクスナレッジ)は2018年1月に出版され、好評を得た「台湾レトロ建築案内」の続編。二人はSNSを駆使して台湾のレトロ建築の魅力を発信し、台湾や日本だけでなく、世界にレトロ建築ファンの輪を広げている。
前著は台北や高雄など大都市を中心に日本統治時代のレトロ建築を取り上げていた。日本の台湾統治は、台湾が割譲された1895年から1945年までの50年間で、建築様式からいうと大正から昭和戦前期の建築が中心だった。建物の外観や内部の詳しい写真と、建物や時代についての解説がつく。そのスタイルは今回も変わらない。
といっても場所はかなり異なる。まえがきでは「今回は台湾本島だけでなく、かつて軍事上の要地だった金門と馬祖、夏のリゾート地として人気の澎湖など、離島にも足を伸ばしました」とある。
金門島や馬祖島は台湾本島から台湾海峡を隔てた中国本土側に位置する。中国本土から台湾に逃れた国民党軍が大陸への砲撃陣地を設け、軍事要塞化していた場所だ。
19世紀半ば、清がアヘン戦争に敗れ、アモイが開港されると金門島の人々はアモイ経由でマレーシア、シンガポール、インドネシアなど南洋に渡って働いた。1920~30年代は成功をおさめた人々が帰郷し、競って出稼ぎ先で見た洋風の建築を建てた時代だった。金門島は1937年、日本軍の手に落ちるまでは独自の文化や生活を築いていた。金門島の洋風建築は「東西折衷、中洋融合」とでもいえるものだという。こうした洋風建築は金門島だけで130軒あまり残っている。
そのひとつ陳景蘭洋楼は屋根付きの廊下が外周にめぐらされた2階建ての美しい建物。1921年の建築で地元の子どもたちの学校として建てられた。一時、日本軍の指揮所、野戦病院、高校などとして使われたが、1959年から92年までは大陸からの侵攻を防ぐ国民党軍兵士の娯楽施設「金門官兵休暇中心」だった。軍事施設で立ち入ることはできなかったが、今は一般公開されている。
一方、台湾本島から西に約50キロの海上にある澎湖島には趣を異にしたレトロ建築が残っている。日本支配時代の1935(昭和10)年に建てられた澎湖開拓館はこの地域を支配した澎湖庁長官の官邸。建築は大正スタイルの鉄筋コンクリート平屋建てだが、内部は完全な和洋折衷スタイル。和式の障子や畳が敷かれた和風の空間も保存されている。写真を見ると、こんな日本建築が今も残っているのかと不思議な感じがする。こちらも開拓館として公開されている。
1992年まで軍事拠点として立ち入りが厳しく制限された馬祖島には今も軍事坑道やトーチカが多く残っている。海の向こうに中国大陸を望む高台には約60年前に建設された2階建ての堅固な軍事施設が今はブックカフェに転身している。カフェの細長い階段を降りていくと当時の軍事坑道に直結している。
本書の後半からは台湾本島のレトロ建築に移る。ちょっとびっくりするのは南部の嘉義市にある獄政博物館だ。これは日本統治時代の1922年、台湾嘉義監獄として建てられた建物だ。刑務所としての役目を終えた後、取り壊して再開発をという意見も出たが、2011年に博物館として公開された。現在は1日4回のガイドツアーが実施されている。所長室や舎房、女性刑務所には育児室まで備えられているのを見ることができる。
「嘉義旧刑務所が古跡として認定され『獄政博物館』として再生したのは、建築物として優れているばかりでなく、刑務所文化を伝える存在であったからです。近年、多くの歴史的建築が取り壊されていますが、理由はなんにせよ、文化資産の一大損失であることに変わりありません」。こうした著者の姿勢が共感を呼び、老屋顔が発展を続けているのだろう。レトロ建築の美しい写真を見ていると、時代をタイムスリップするような気持ちになる。
金門島や馬祖島はやや遠いが、台湾本島のレトロ建築なら日本から訪ねることも比較的容易だ。大正や日本戦前期のレトロ建築に懐かしさを感じる人は本書を手に台湾を訪ねると思わぬ出会いや発見があるかもしれない。
巻末にはレトロ建築を支える職人を訪ねるコーナーがある。装飾ブロックとモザイクタイル、人造大理石、型板ガラス、鉄窓花(防犯用に窓に取り付けられた装飾用の面格子)を取り上げている。日本国内の古い建物でもよく見る技術や風景だ。台湾でこうした技術を今に伝える職人が健在というのも驚きだ。
訳文はこなれていて文章は読みやすい。レトロ建築愛が伝わる写真は著者らの手になるが、建築写真家も顔負けの素晴らしい出来栄えだ。台湾を訪ねる機会があれば、ガイドブックとして持参しても楽しめそうだ。
関連して本欄では『台湾探見 Discover Taiwan』(ウエッジ)なども紹介している。
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