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シリーズ累計30万部「活版印刷三日月堂」の未来を描く最新刊

活版印刷三日月堂

 川越にある小さな活版印刷所「三日月堂」。店主の弓子が活字を拾い刷り上げるのは、誰かの忘れていた記憶や、言えなかった言葉――。

 ほしおさなえさんの「活版印刷三日月堂」シリーズ(ポプラ文庫)は2016年に刊行を開始し、累計30万部を突破した。活版印刷や川越の町に興味のある方をはじめ、人のつながりを描いた小説、あたたかくやさしい雰囲気の小説が好きな方にもオススメだ。

人のつながりを感じる

 第1弾「星たちの栞」、第2弾「海からの手紙」、第3弾「庭のアルバム」、第4弾「雲の日記帳」でシリーズは完結した。その後刊行された第5弾「空色の冊子」は三日月堂の過去を、第6弾「小さな折り紙」は三日月堂の未来を描く「番外編」の位置づけだ。

 シリーズ第6弾となる最新刊『活版印刷三日月堂 小さな折り紙』は、これまで登場した人物のその後を描く短編集。「マドンナの憂鬱」「南十字星の下で」「二巡目のワンダーランド」「庭の昼食」「水のなかの雲」「小さな折り紙」の6話からなる。

 本シリーズを読んだことのない方も、すぐに登場人物たちに親しみを持ち、安心して物語に入っていけるだろう。これまでの経緯を知らなくても置いていかれることなく、6話それぞれを独立した物語として楽しめるにちがいない。ここでは評者がとくに共感した2話を紹介しよう。

 川越の町も観光案内所の仕事も気に入っているが、人生を変える出来事が起きないかと期待する柚原。そんな彼女が、ジョギング仲間との旅行先である富山でガラス工芸を体験することに......。(「マドンナの憂鬱」)

 いまの生活は安定も充実もしている。それでも「封印してた期待が舞い戻ってくる」ことはある。もっとときめく「なにか」、自分を変えてくれる「なにか」――。この漠然とした期待を抱く柚原に自身を重ねて読んだ。

 「人生サーフィンみたいなもんだよ。波に乗らないと。浜辺で見てるだけなら安全だけど、つまらないって」

 こんなセリフを言って、小さく収まっていた自分を外に引っ張り出してくれる仲間がいて、柚原は恵まれている。

 「いま俺はあのときと同じ状況にいる。前回は子どもの目で、今回の二巡目は親の目で、その状況を見ているんだ」――。子どものころ出会うものはすべてはじめてだった。それが一巡目。やがて身のまわりのことはたいていわかるようになってくる。それが二巡目。そのすべてに裏側があり、大人になるというのは、裏側にはいれるようになることだと俺は気づく。(「二巡目のワンダーランド」)

 一度目は子どもの目で、二度目は親の目で見る。この「二巡目」の感覚はよくわかる。「一巡目も二巡目も、先は見えないし、思い通りにもならない」ものだが、二巡目で初めて見えるものがある。物事の裏側に思いを巡らせることができたりもする。

 6話すべて、それぞれの語り手と活版印刷、店主・弓子との接点にふれられている。ただ、本書を貫くテーマは活版印刷でありながら、それぞれの個人的なエピソードに比重が置かれていてそこが読んでいて面白い。6話に共通する、あたたかくゆるやかな人のつながりを感じるストーリーが気に入った。

「印刷されたものに存在感がある」

 最近は若い人の間でも活版印刷の愛好家が増えているようだが、そもそも活版印刷とはどんなもの? と、具体的なイメージが浮かばない方も多いだろう。ヒントになる語り手たちの言葉を引用しよう。

 「僕は活字の棚にやられた。四方の壁一面にぎっしり活字がならんでいる。細かい文字、しかも金属のボディを持った文字に埋め尽くされた壁が目の前にそびえ立っていた。これが活字というものなのか。気持ちがかっと高揚し、心拍数があがるのがわかった。......人はこんなものを使って印刷を行ってきたのか。」
 「文字、罫線、アキ。日ごろデータとして扱っているものがすべて物質として目の前にある。こうして物質を動かし、ならべ、そこにインキをつけ、紙に押しつける。印刷という行為の本質が目の前にはっきり見えた。」
 「印刷なのに手触りがある。紙なのに奥行きがある。DTPにくらべたらデザインの自由度はないけれど、印刷されたものに存在感がある。」
 「あたたかい。やさしい。それでいて力強い。文字をひとつずつ、人の手でならべたからだろうか。」

 本書の表紙をめくると、最近はあまり見かけない文字が印刷された「扉ページ」が現れた。いつもとなにかちがう、昔懐かしい、味わいのある文字。そう、これは活版印刷で刷られたものだった(初回限定特別版)。

 基本的に小説は文字と想像力で読むものだが、このように小説の世界を再現して読者が体験できる工夫がされていると、何倍も楽しめる。本書の「扉ページ」を見て、文字は印刷の仕方でこうも異なる存在感を発揮するものかと、新鮮だった。

 ほしおさなえさんは、1964年東京都生まれ。95年『影をめくるとき』で第38回群像新人文学賞優秀作受賞。著書に『三ノ池植物園標本室 上下』(ちくま文庫)、『金継ぎの家 あたたかなしずくたち』(幻冬舎文庫)、「菓子屋横丁月光荘」シリーズ(ハルキ文庫)など多数。BOOKウォッチでは「活版印刷三日月堂」シリーズ第1弾となる『活版印刷三日月堂 星たちの栞』を紹介済み。

  • 書名 活版印刷三日月堂
  • サブタイトル小さな折り紙
  • 監修・編集・著者名ほしお さなえ 著
  • 出版社名株式会社ポプラ社
  • 出版年月日2020年1月 5日
  • 定価本体680円+税
  • 判型・ページ数文庫判・334ページ
  • ISBN9784591165874
 

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