「一篇の詩のために文字をつくる」という企画から生まれた谷川俊太郎さんの詩集『私たちの文字』ができあがるまでを記録したのが、本書『本をつくる』(河出書房新社)である。
書体はどうやってつくられるのかに始まり、組版・活版印刷、製本の実際と本づくりの過程をていねいにフォローしている。活版職人、製本職人、デザイナー、小規模出版社でつくる「本づくり協会」が、谷川俊太郎さんの了解を得て企画した。
書体設計士の鳥海修さんは3種類のひらがなの文字を試作した。「試作a」は、良寛の文字を少し読みやすくしたもの。「試作b」は、谷川さんの父で哲学者の谷川徹三の文字をベースにしたもの。「試作c」は、鳥海さんが抱いた谷川さんのイメージからつくったものだった。
谷川さんが選んだ「試作c」をベースに文字づくりが始まる。以降の過程は、こうだ。下書き、墨入れ、修整、仕上げをして原字が完成する。「素直で、伸び伸びとした文字」を意図した。
しかし、その後、鳥海さんはやり直した。「まだまだやれる」と思ったからだ。さらに原字をスキャンしてパソコンに取り込むアウトラインデータ化を経て「W01」となった。テスト組版と修整を6回くりかえし、「W07」で完成した文字は「朝靄」と名付けられた。
その書体見本は谷川さんに送られ、2週間たらずで詩「私たちの文字」が書き下ろされた。
次に組版・活版印刷を行う嘉瑞工房の高岡昌生さんの手に渡った。この特装本の様式は「蛇腹」、サイズはA5、部数は500部限定と決まった。
和文については樹脂版、欧文については工房が持つ金属活字で4種類の紙に試し刷りをした。その後、樹脂版はコンマ1ミリまで測ってわかる程度の歪みがあったため、つくり直された。本刷りされた用紙は厳重に梱包され、長野の美篶堂の工場に送られた。
美篶堂は、手作業による製本を請け負う工房だ。表紙と内貼の材質を選び、表紙は和紙に、内貼は羊皮紙に決まった。最後に箔押しした表紙を使い完成。発案から2年の時間がたっていた。
谷川さんの詩「私たちの文字」の一節を引用しよう。この国に生まれたしあわせを感じるかもしれない。
文字を見ていてヒトの顔を連想することがある 漢字の容貌 ひらがなのかんばせ カタカナのツラ 文字ひとつひとつに過去に連なる表情があって それは太古からの意味の地層に根を下ろしている
こんなに多くの人の手を介してつくられる本は珍しいだろう。手づくりで本がつくられる領域がまだまだあることを知り、本への愛着が増したような気がする。
谷川俊太郎さんについて本欄では『詩人なんて呼ばれて』(尾崎真理子さんとの共著、新潮社)を紹介している。
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