読むべき本、見逃していない?

中曽根氏がパリで大うけしたフランス語の演説

  • 書名 青山常運歩
  • サブタイトル中曽根康弘対談集
  • 監修・編集・著者名中曽根康弘 著
  • 出版社名毎日新聞社
  • 出版年月日2012年10月29日
  • 定価本体1800円+税
  • 判型・ページ数四六判・360ページ
  • ISBN9784620321615

 中曽根康弘元首相が亡くなった。101歳だった。長く政治の表舞台に君臨したが、「自主憲法」「青年将校」「風見鶏」「上州戦争」「不沈空母」「ロンヤス」などという言葉を聞いて、すぐに中曽根氏のことだとイメージできる人は次第に少なくなっていることだろう。

 本書『青山常運歩 中曽根康弘対談集』(毎日新聞社)は、その中曽根氏の対談集。最晩年の2009年から12年にかけ、「サンデー毎日」に連載されたものを単行本にしている。中曽根氏は1918年生まれだから、連載スタート時は91歳だった。

「不破さんの本や文章は常識的」

 本書の宣伝文句は次の通り。「戦後政治にその名を刻む中曽根康弘が、政治、経済、外交から文化芸術、宗教哲学まで斯界の叡智29人と語り合い、描き出す日本の未来。激動の時代を切り開く意志、そして愛国心に刮目せよ」。

 登場するのは、野村克也、長嶋茂雄、新井満、稲盛和夫、谷垣禎一、山折哲雄、石原慎太郎、細川護熙、向井千秋、岸惠子、渡辺恒雄氏ら多彩だ。この中でとくに目を引くのは何と言っても不破哲三氏だろう。このときの肩書は日本共産党前議長。すでに「大勲位」として名声を確固とした元首相が、あろうことか水と油、共産党の元トップと語り合っている。

 まずは中曽根氏が「どうぞお手やわらかに」と切り出す。不破氏が「こちらこそ」と応じる。ともに旧制高校出身。その頃の思い出話が弾む。

 「自分の生涯を俯瞰してみて、緑の濃い情熱のこもった時期といえば、やはり旧制高校の時代ですね。今でも年に4、5回会うのは旧制高校の仲間ですよ。あの時代は俗世間的な野望より、人間的良心に回帰せんとした時代で、まさに青春時代でした」(中曽根氏)。
 「戦後の学制改革で旧制高校がなくなり、ぼくも大変残念に思っています。あの3年間、外の世界から自分を切り離し、いろんなことを勉強して考える。そんな時間を持てるのは決して悪いことではなかった」(不破氏)。

 不破氏は自著の『マルクスは生きている』(平凡社新書)を中曽根氏に献本している。中曽根氏は「不破さんの本や文章は常識的で、昔の共産党のような肩ひじを張ったところがない」と感想を述べている。そして二人はさらに、「核持ち込み」などデリケートな話題に踏み込んでいく。

ノートをひっくり返して課題を集約

 初対面で話すのは政治学者の山口二郎氏。一時は民主党のブレーンとも言われた。対談した時は、その民主党政権。ところが、菅直人首相の支持率は急速に落ちていた。山口氏は「私は政権交代に期待していましたが、『何も決められない』民主党政権の現状に大きな失望感を抱いています」とこぼす。「そこで、中曽根先生に終戦直後の政界の状況をうかがいたいのです」と、自由党と日本民主党が自由民主党を結成したころの話に水を向ける。

 中曽根氏は、記憶をたぐりながら明快に答える。さらに、「昔の政治家は、国家観を持って憲法や安全保障などに取り組む壮大さがあった」と語り出す。

 「私は総理になるまでは"風見鶏"と言われたが、『風見鶏にはがっちり動かない足の支柱があるから風向きがわかる』と気にしませんでした。だから、時には対立を超えて勢力を結集できた。今は『政党官僚』ばかりだ。平穏に過ごして権力を保持し続けることしか考えていない」
 「総理就任の1カ月前に前任の鈴木善幸氏から『政権を頼む』と言われ、ノートをひっくり返して課題を集約しました。かつての政治家には夢がありました。すぐに実現できなくても、私はノートにその夢を書き連ねたものです。最近の政治家は権力の獲得が夢になった。花を咲かせるといういろいろな夢を持っていたのに、今は花がなくて枝しかない」

 民主党だけでなく政界全体を展望しながら苦言を述べる。

「人生は終生勉強」

 書名の「青山常運歩」は禅の言葉のようだ。「一見不動不変の山々も四季の移ろいの中で身を整え躍動しつつ人間と共に生き続けている。そこに気付くことの尊さと、その認識、理解から導き出される自らの練磨と成長を説くもの」だという。対話という行為もこれに似ているという。

 「私は、聞き上手を心掛けてきたし、今もそうしている。メモ用紙と筆記具の用意を常として、銘記すべき人の言葉や話の内容を書き留めては、自らの血肉としながら政治人生を歩んできた。やはり人生は終生勉強である」
 「私の心構えの常は、己れの足らざる所を知り、博く学びて篤く志すことである。94歳の今も吸収する毎日だ」

 本書で最も話が弾んだのは、岸惠子さんだ。フランス通の大女優。作家、ジャーナリストとしても活躍している。岸さんは、かつて中曽根氏がパリ市の市庁舎で行った演説を聞いて感激したと伝える。どうやら首相を辞めた翌年のことらしい。中曽根氏は「相手がフランス人だから機知に富んだユーモアを入れたほうがいい」と、予定原稿で話すのをやめ、フランス語で即興演説したのだという。

 そのころフランスでは、シャンソン歌手のイヴ・モンタンが大統領選に出馬するのではないかと噂されていた。

 「私は『枯葉』というシャンソンが大好きです。風呂でよく歌う。だからイヴ・モンタンさんは雲の上の人、私の幻の師匠。ただ、その師匠に、今、私が教えてあげられることがたった一つある。政治はそんな簡単なものじゃない」

 大うけだったという。日本では余り知られていないエピソードだ。岸さんが著書で概略上記のような演説内容を紹介している。日本の新聞ではほとんど報じられなかったそうだ。

 不破氏と対談したり、フランス語で即興の演説をしたり。中曽根氏には意外なほどの幅の広さや深さがあった。しかし、「自主憲法」「青年将校」以来の硬直したイメージで評価されがちだったのは、本人にとって不本意だったに違いない。

 

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