「Yahoo!ニュース 本屋大賞ノンフィクション本大賞」に『女帝 小池百合子』(文藝春秋)など6作品がノミネートされている。発表は11月上旬(2020年)。まだBOOKウォッチで取り上げていなかった作品の中から、本書『つけびの村』(晶文社)を紹介しよう。2013年に山口県周南市の山村で起きた連続殺人放火事件を徹底取材したルポだ。
都会から村にUターンしてきた男が「村八分」にされ、その恨みから5人を殺害し放火した事件として記憶している人も多いだろう。「平成の八つ墓村」とネットでも騒がれた。
全焼した家の隣の民家には「つけびして 煙り喜ぶ 田舎者」と放火をほのめかすような貼り紙があり、その家に住む保見光成(当時63)が逮捕された。5人に対する殺人と非現住建造物等放火の罪で起訴され、一審と控訴審でも有罪判決が言い渡された。
著者の高橋ユキさんが取材に入ったのは、2017年のこと。すでに最高裁に係属中で、事件の「熱」もすっかり冷めた頃なのになぜ?
高橋さんの取材の成果は後で触れるとして、著者と本書の成り立ちからまず書き出したい。従来のノンフィクション本との肌合いの違いがそこにあると思うからだ。
高橋さんは1974年生まれ。福岡県出身。2005年、女性4人で構成された裁判傍聴グループ「霞っ子クラブ」を結成。殺人などの刑事事件を中心に裁判傍聴記を雑誌、書籍などに発表。「霞っ子クラブ」名義の著書に『霞っ子クラブ 娘たちの裁判傍聴記』(新潮社)などのほか、『木嶋佳苗 危険な愛の奥義』(徳間書店)などの著書がある。現在はフリーライターとして活躍、ある雑誌からの注文で、この事件を取材することになった。
事件現場となった金峰地区には戦中、夜這いの風習があったという情報があり、それを確かめるのが目的だった。「夜這いの取材かぁ......」と思わず呟いてしまったという。
夜這いの事実は確かめられなかったが、泥棒や放火が事件の前からあり、犯人は「保見ではない」という村人たちの証言を集めた。記事を書いたが、3回「没」になり、他の雑誌に掲載してもらった。そして不気味な村の正体を知りたくなり、村に通って取材を続ける。
保見は1994年に川崎市から金峰に帰り、両親の介護をし、二人を看取った。独力で新しい家を建て、「シルバーハウスHOMI」を開業、村おこしをする意欲を持っていたという。保見の元々の名前は「中(わたる)」と言う。
「都会帰りでハイなワタルは、村人たちにとっては、うっとうしかったのかもしれない。この村を盛り上げるためのワタルなりの村おこし......新宅を村人たちの交流の拠点とする案は、あっさりと年長者たちに否定されてしまったのだ」
殺人事件の周辺では、人の口が堅くなるものだが、高橋さんは精力的に証言を集める。事件から日が経ち、村人の警戒心が薄れるということもあるが、実によく聞き出している。
保見の父親の悪癖のため、もともと一家は村で「アウェイ」な存在だったとか、「つけび」の貼り紙は保見による犯行予告ではなく、数年前のボヤ騒ぎが元凶だとか、その犯人は保見ではないとか、事件の被害者の悪い評判とか、さまざまな噂や証言が出てくる。
さらに村の噂の発信元だったコープの寄り合いの当事者の女性にも会い、そのマシンガントークの洗礼を受ける。「すごい情報量だ」。
「うわさ話ばっかし、うわさ話ばっかし。 田舎には娯楽がないんだ、田舎には娯楽はないんだ。 ただ悪口しかない。」
山中から発見された保見の遺留品のひとつであるICレコーダーに、吹き込んでいた言葉だ。高橋さんも「この村は"うわさ話ばっかし"だった」と書いている。
高橋さんは保見に手紙を書き、面会と文通が始まる。妄想が膨らんだ異様な手紙と言い分は本書を読んでもらいたい。昨年7月(2019年)、最高裁は上告を棄却。保見の死刑が確定した。
本書の前半部分は、あるノンフィクション賞に応募したが、賞が取れず、書籍化のめども立たなかったため、「note」というウェブサービスにアップ、一部有料としたものだ。しばらく反応がなかったが、SNSのインフルエンサーが注目したことから、爆発的に購入者が増え、書籍化の申し出も相次いだ。
書籍化が決まり、さらに取材を進め、まとめたのが本書だ。ルポルタージュの中に取材者(著者)が登場する手法は以前からあるが、高橋さんの場合、それが自然なのだ。裁判傍聴グループというアマチュアから始まったキャリアが、独自の文体を生み出しているのかもしれない。
BOOKウォッチでは、同賞候補作のうち石井妙子さんの『女帝 小池百合子』(文藝春秋)、ブレイディみかこさんの『ワイルドサイドをほっつき歩け――ハマータウンのおっさんたち』(筑摩書房)、梯久美子さんの『サガレン――樺太/サハリン 境界を旅する』(株式会社KADOKAWA)を紹介済みだ。
ちなみに、2019年の同賞大賞となったのは、ブレイディみかこさんの『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』(新潮社)。英国在住の保育士・ライター・コラムニストのブレイディさんがブレークするきっかけにもなった。ブレイディさんが連続受賞するかも注目だ。
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