シベリアに抑留されたことのある亡き父の足跡をたどったのが、本書『鉄路の果てに』(マガジンハウス)である。気鋭のジャーナリストの旅は珍道中風でもあり、日本の負の歴史について思索するものでもあった。
著者の清水潔さんは、1958年生まれ。出版社にカメラマンとして勤務の後、「FOCUS」編集部を経て日本テレビ社会部へ。調査報道を手がけ、著書『桶川ストーカー殺人事件――遺言』、『殺人犯はそこにいる――隠蔽された北関東連続幼女誘拐殺人事件』などで受賞歴がある。
本書はそうした事件を取材したルポではない。2013年に亡くなった父の蔵書に『シベリアの悪夢』という本があった。そこに貼り付けてあったメモ用紙に小さくこう記されていた。
「だまされた」
生前、多くを語らなかった父。本の表紙裏の地図には、日本列島からユーラシア大陸に向けて、赤いサインペンで1本の線が描かれていた。そして、父が残した線をたどる旅が始まる。
そんな格調高い調子で「序章」は始まるが、「第1章 38度線の白昼夢」で、ガラリと雰囲気が変わる。旅の相棒は元テレビ東京記者で作家の青木俊さん。ソウルの市場でテナガダコの足をつまみに焼酎をあおり、気勢をあげる二人。
当時は東海道線、山陽線を経て、下関から航路で釜山へ。釜山からソウルへ鉄道で北上した。そのルートは以前通ったので、この旅では空路ソウルに入り、38度線の北朝鮮との国境にまず行ったのだった。
臨津江(イムジンガン)の鉄橋の手前には日本統治時代に造られた朝鮮総督府鉄道の「マテイ10号」という蒸気機関車の赤さびたスクラップがあった。朝鮮戦争で受けた無数の弾痕が残っていた。
この鉄橋を戦前は国際列車が走り、日本とヨーロッパを結んだ。今、線路は分断されている。2000年に韓国と北朝鮮が再連結に合意、07年に試運転が行われ、北朝鮮側の経済特区である開城工業団地への定期貨物列車の運行が始まった。しかし、1年で運行休止したことを紹介している。
先日、開城工業団地にある南北の連絡施設が北朝鮮により一方的に爆破されたばかりだ。鉄道の再開はさらに遠のいた。
次に二人は韓国から中国・東北部のハルビンに飛行機で飛ぶ。かつてロシアが建設した東清鉄道は、その後日本によって南満州鉄道に組み入れられた。現在、北京発モスクワ行きの国際列車「ボストーク号」がハルビンを経由する。
ハルビンでは寄り道し、「731部隊遺跡」と呼ばれる展示館を訪ねる。本書はこうした現地のルポとともに、多くの参考文献に依拠しながら、日本政府や関東軍、ソ連、中国の現代史にふれる。
清水さんの父は鉄道聯隊に所属していた。遺したシベリアメモによると、ハルビンを中心に鉄道の建設や破壊工作にあたったようだ。中朝国境の鴨緑江の鉄橋の工事にも参加した。
「なぜ、生前にもっと話を聞いておかなかったのか。今から自力で調べられることは少なかった......」
ハルビンの市街地の道路はベンツ、BMWなどヨーロッパメーカーの高級車があふれ、渋滞していた。日本のバブルの頃を思い出していた。清水さんは「FOCUS」編集部にいた。
「愚にもつかないスキャンダルのために張り込みもやった。カメラマンとして生活は安定したが、同時に長大な時間を失った。人生の10年間以上を張り込みに費やしたといっても過言ではない」
時折、こうした述懐が出て来る。
「若き父の足跡を追うこの旅は、同時に自分の人生を振り返る旅になるのだろうか」
いよいよ「ボストーク号」に乗り込み、父が抑留されていたシベリアのイルクーツクまで2泊3日の旅が始まる。中露国境、満州里での入国審査。中国の1435ミリからロシアの1524ミリへと線路の軌間が変わるため、台車の交換作業をする。鉄道オタクでもある清水さんは、4本のレールが並ぶ「4線軌条」の写真を撮りたかったが、スパイに間違えられるのが怖くて断念する。
目的地のイルクーツクの手前には大きなバイカル湖がある。ガイドの案内で厚さ60センチの氷上を歩いた。ガイドから信じがたい話を聞いた。
「この氷の上に線路を敷いてシベリア鉄道の蒸気機関車を走らせたことがあるんです」
日露戦争開戦前、シベリア鉄道はバイカル湖で分断されていた。ロシアは連絡船で結んでいたが、冬は砕氷船でも渡れなかった。1904年2月8日、日露戦争は始まった。翌日、ロシアは50キロの「氷上鉄道」の起工式を行った。兵士や物資の輸送のためだった。
清水さんは、帰国後に図書館で新聞縮刷版を漁り、関係する記事を東京朝日新聞(1904年3日3日)に見つけた。氷が割れ、機関車と車両5両は「水中に陥落し将校4名、兵卒21名即死者を出した」とあった。さらに3月20日の記事は800人を超える死者を出す事故を報じていた。
こうして失敗に終わったバイカル湖氷上鉄道だが、その後バイカル湖を迂回する路線が完成し、第二次大戦の際には、日本軍の脅威となる。敗戦、そしてシベリア抑留。
「だまされた」と書かれた父のメモの意味をこう推測する。
「教え込まれた日本の不敗神話。祖父に握らされた金鵄勲章。臨時召集令状、鉄道聯隊への入隊、中国への派兵、ハルビンの残留、関東軍とソ連の参戦、捕虜。ダモイと言われてシベリアへ、全財産の盗難、3年もの抑留、そして大怪我......。 祖国から贈られた一枚の賞状。 その全てだ」
現地で何か父にかかわる新発見があった訳ではない。しかし、旅をすることにより、清水さんは、鉄道と戦争の関係など、多くのことを知ったという。
鉄道聯隊にいた父と鉄道オタクになった息子。鉄道が隠れた主人公になった異色の紀行である。
BOOKウォッチでは、鉄道関連で『サガレン――樺太/サハリン 境界を旅する』(株式会社KADOKAWA)、『漱石と鉄道』(朝日新聞出版)、『将軍様の鉄道――北朝鮮鉄道事情』(新潮社)、『昭和四十一年日本一周最果て鉄道旅』(笠間書院)などを紹介している。
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