コロナ禍で世界が大騒ぎしている中、いまだに新型コロナウイルスによる感染者はいないと発表している北朝鮮。先日、アメリカのCNN放送が、金正恩委員長は心臓の手術後、重篤な状態にある、と報じたため世界の関心を集めている。その後、平壌を離れ、北朝鮮東部の元山にある「特閣」という施設で執務を行っているらしい、との報道もされた。真偽はさだかではないが、どうやって移動したのか、と思い、本棚から取り出したのが、本書『将軍様の鉄道――北朝鮮鉄道事情』(新潮社)である。
移動したのかどうか、移動手段もわかっていないが、北朝鮮で最も信頼度の高い交通機関は鉄道であり、最高権力者の移動にも鉄道が主に使われてきた。
本書は2007年の刊行だが、その後もこれを上回る北朝鮮の鉄道にかんする本は出ていないようだ。著者の国分隼人さんは1964年生まれのトラベルライター。もちろん北朝鮮の鉄道にも乗車しており、関連資料の収集は随一とされる。
構成は以下の通り。
北朝鮮の鉄道路線図 北朝鮮鉄道グラフ 金正日将軍特別専用列車の謎 北朝鮮鉄道の今 全貌レポート 北朝鮮鉄道旅行術 朝鮮半島の鉄道史 主要路線ガイド 北朝鮮を走る鉄道車両大全 地下鉄・路面電車・トロリーバス 北朝鮮時刻表2002年版 巻末特別付録 路線一覧、駅名一覧、鉄道略年表、映像DVD 北朝鮮の車窓から
冒頭の路線図を見ると、北朝鮮の全土にわたり新幹線と同じ標準軌(1435mm)の電化路線が延びている。多くは日本統治下に日本によってつくられた。朝鮮半島全体では、日韓併合時には1085キロに過ぎなかったものが、終戦時には6419キロに延ばされていた。
朝鮮戦争後の1960年代から70年代は北朝鮮の躍進の時代だった。豊富な水力発電の資源を生かし、電化が進められた。しかし、90年代以降、電力が不足し、蒸気機関車が復活した。管理が行き届かず、列車脱線事故や正面衝突事故が頻発し、国分さんは「もはや瀕死の重体である」と書いている。
金委員長の父親、金正日将軍専用だった特別列車について詳しく書かれている。「1号列車」と呼ばれ、基本編成は6両。平壌郊外にある将軍様専用の鉄道駅についての記述があった。軍事機密なのに大丈夫か? と思ったら、国分さんが「グーグルアース」で確認したという。SFの秘密基地を見ているような気分だ、と書いている。
「森に囲まれ外部と遮断された空間に線路が敷かれ、屋根付きのプラットホームも見える。広い敷地内の北側には、機関車庫や蒸気機関車を回すことができる転車台まである」
将軍様専用の招待所は全土にある、というから、今回報道された元山の「特閣」もその一つかもしれない。
1号列車が運行される時は、厳戒態勢が敷かれ、沿線には50メートル置きに兵士や鉄道員が立たされ、踏切はすべて閉鎖。ノンストップで走る。また存在を隠すため、本列車発車2時間前と2時間後に、カモフラージュのための列車を運転するともいわれている。
ところで、海外からの旅行者が乗車可能なのは、中朝国境の新義州から平壌までの平義線1本のみで、鉄道ファン向けのツアー以外は写真撮影がほぼ禁止だというから本書の写真は貴重だ。
北朝鮮と韓国を結ぶ鉄道は分断されている。南北を結ぶ鉄道の復活は話題になっては消えるということを繰り返している。
北朝鮮の人民が列車に乗るには、「公民証」と「通行証」が必要で、さらに切符を入手するのも困難だという。
本書によると、平壌から元山まで急行列車や準急列車も走っているとされるが、現在はコロナウイルスの感染を防ぐため、国内外の移動は厳しく制限されているという報道もある。本書刊行時よりも北朝鮮の鉄道事情は一段と厳しくなっていると予想される。文字通り、将軍様しか鉄道に乗れない、という状況かもしれない。
(付記) 米国の北朝鮮分析サイト「38ノース」は、金正恩委員長の特別列車と見られる列車が少なくとも4月21、23両日に元山の専用駅に停車していたと発表、その衛星写真を25日公開した、と複数のメディアがその後報じた。当サイトご覧の皆様!
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