2020年出版界の最大のヒット商品は『鬼滅の刃』(吾峠呼世晴 著)だった。コミックスの累計発行部数は1億2000万部を突破した。
「劇場版『鬼滅の刃』無限列車編」の興行収入も12月28日、324億円を突破。これにより、国内で公開された映画としてはついに「千と千尋の神隠し」を超えて、第1位となった。
2020年の書店市場(事業者売上高ベース)は『鬼滅の刃』の販売好調で、4年ぶりに市場が拡大する可能性が出てきた。帝国データバンクが11月24日に明らかにしていた。
全体の好調な書籍販売を牽引しているのが「コミックス」。10月は前年比146.8%と大きく伸びて、13か月連続で前年を超えた。特に『鬼滅の刃』は、10月16日に公開された劇場版の効果や特装版の販売による特需があり、中小書店でも書籍や付録グッズの販売が大幅に伸びた。
今年は新型コロナの感染拡大に伴う影響もあり、自宅で楽しめるエンターテインメントとしてコミックスの需要が広がったことも大きい。それを牽引したのがメガヒットの『鬼滅の刃』だった。
書店市場は2019年、1兆2186億円となり、3年連続で減少。10年前の7割強の水準に落ち込むなど、じり貧状態が続いていた。11月時点までの業績推移が今後も進めば、通期予想などを含めた20年の書店市場は、増加幅は僅少ながらも4年ぶりに拡大する可能性が出てきている。
じつは『鬼滅の刃』がメガヒットになる予兆は、昨年末からあった。集英社のJUMPjBOOKSから刊行された小説版『鬼滅の刃 しあわせの花』(吾峠呼世晴、矢島綾 著)と『鬼滅の刃 片羽の蝶』(同)が2019年12月10日の重版をもって累計70万部を突破し、レーベル史上最速の売れ行きを記録していた。
今年に入り、『鬼滅の刃』は、5月18日発売の「週刊少年ジャンプ」24号(集英社)で完結した。5月13日発売の単行本20巻も初版280万部が発行されるなど、人気が絶頂に達しているなかでの終幕だった。
しかし、鬼滅の物語は終わったわけではない。「週刊少年ジャンプ」(集英社)には今後、平野稜二さんによる煉獄さんのスピンオフ短編『煉獄外伝』が掲載されるなど、鬼滅の世界は広がり続けた。7月3日には、JUMPjBOOKSレーベルより、小説版『鬼滅の刃』3作目となる『鬼滅の刃 風の道しるべ』が発売された。
2020年年間ベストセラーランキング・総合(日販調べ)でも、『鬼滅の刃 しあわせの花』が1位、『鬼滅の刃 片羽の蝶』が2位、『鬼滅の刃 風の道しるべ』が3位と上位を独占した。そのすさまじい威力がうかがえる。
12月4日、コミックス最終巻となる23巻が発売された。発売日には買い求める客が殺到し、即日売り切れとなる書店が全国各地で続出した。
同日付の全国紙5紙(朝日新聞、読売新聞、毎日新聞、産経新聞、日本経済新聞)の朝刊に掲載された『鬼滅の刃』(集英社)の全面広告も話題となった。
公式スピンオフ漫画『鬼滅の刃 外伝』(吾峠呼世晴 監修、平野稜二 著)も同時に発売されたこともあり、朝から書店へ走った人も多かったのではないだろうか。
『鬼滅の刃』にあやかった本の出版も相次いだ。『「鬼滅の刃」の折れない心をつくる言葉』(あさ出版)は、『鬼滅の刃』のキャラクターたちのセリフから、彼らの折れない心をつくるためのヒントを考察した本だ。
感情を動かす、自分を信じる、あきらめない、強くなる、仲間を想うの5つのテーマにそって考察した。『「鬼滅の刃」流 強い自分のつくり方』(アスコム)も同様の本だ。
一方、『鬼滅の刃』の世界観を詳しく解説したのが、『鬼滅の日本史』(宝島社)だ。『鬼滅の刃』に描かれた鬼のルーツを探るため、日本の歴史において人々は鬼にどのように喰われ、どのように斃してきたのか、古典に数多く描かれた鬼の物語などから、『鬼滅の刃』の背景に迫っている。監修は歴史家の小和田哲男・静岡大学名誉教授。
最も古い鬼の記述は、8世紀に編纂された地誌『出雲国風土記』に登場する阿用郷(あよのさと)の鬼だという。あるとき里に住む男が山の中の畑で野良仕事をしていると、そこに一つ目の鬼が現れ、この男を捕らえて食べはじめてしまった。これが明確に「鬼」と認識した最古の記録だ。
馬場あき子氏の著書『鬼の研究』を参考に、鬼には5つのカテゴリーがあるとしている。
1 神道系の鬼 霊、地霊など
2 修験道系の鬼 天狗、修験道の伝説的開祖・役小角など
3 仏教系の鬼
4 恨み、怒りなどの情念によって元は人だったものが姿を変えた鬼 「道成寺」の清姫など
5 権力に従わず、「鬼」とされた人々 蝦夷など
人間でありながら社会秩序から外れ、人間社会に対する抵抗者として描かれる『鬼滅の刃』の鬼に最も近い鬼は、5つ目の「鬼」とされた人々だろうと書いている。
『古事記』や『日本書紀』には、天皇と出会う土着の勢力は、土蜘蛛という見下した名で呼ばれたり、異形の姿で表されたりしている。時代が下っても、天皇に背く者、朝廷に従わない者は、権力者によって「鬼」とされ、恐るべき者とされていったのだ。
もっともスリリングな指摘だと思ったのは、『鬼滅の刃』は鬼VS.鬼の戦いだったと書いてあることだ。鬼と戦う鬼殺隊は、社会の「埒外者」の集団であり、つまり上記の5つ目の「鬼」にあたるというのだ。
「主人公・竃門炭治郎の家は山中にあり炭売りを生業にし、同期の我妻善逸や嘴平伊之助は捨て子、そのほか盲目の人物や忍者、日輪刀をつくる刀鍛冶の里の人々など、町や村のコミュニティに組み込まれていない人々で鬼殺隊は構成されているのだ」
主人公・竃門炭治郎の生家が「ヒノカミ神楽」と呼ばれる厄払いの神楽を代々継承していることから、中世における芸能集団・傀儡子(くぐつし)に重なるものを見ている。
また、山中を放浪した「サンカ」や人身売買された子どもなどが鬼殺隊メンバーであると指摘している。
非定住民である「サンカ」は、国家権力が強まった明治以降は減少傾向にあり、昭和30年代にはほぼ消滅した。
『鬼滅の刃』では、鬼もまた悲しい過去を持っていた、とある種の共感を持って描かれている。鬼殺隊も社会から差別されていた人たちで構成されていたと考えると、「哀しみ」はさらに深く感じられる。
このように振り返ると、『鬼滅の刃』は白土三平の『カムイ伝』や、宮崎駿の『もののけ姫』とも重なる部分があり、また、網野善彦氏の新しい日本史解釈とのつながりも感じられる。私たち日本人が抱える「古層」と触れる何かがあったのかもしれない。
コミックス『鬼滅の刃』の人気に火をつけたのは、テレビアニメ版「鬼滅の刃」だ。その公式キャラクターズブック第三弾となる『TVアニメ『鬼滅の刃』公式キャラクターズブック 参ノ巻』(ホーム社)が新年(2021年)早々の1月4日に発売される。
来年も『鬼滅の刃』ブームは続きそうだ。
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