本を知る。本で知る。

覚せい剤経験者が6割、元ヤクザが4割・・・

ルポ西成

 ノンフィクションには「ディープもの」とも言うべきジャンルがある。多くの人が知らない世界、立ち入らない世界にライターが入り込み、その実態を報告する。本書『ルポ西成――七十八日間ドヤ街生活』もそのジャンルの一冊だ。

卒論は「新宿段ボール村」

 通常、この種の「ディープもの」はその世界に詳しい、手練れのライターが長年の取材や観察、基礎知識をベースに執筆する。ところが本書は副題にもあるように「78日間」のルポだ。そこが本書の新鮮さであり、逆に言えば弱点でもある。

 著者の國友公司さんは1992年生まれ。本書執筆時は7年がかりで筑波大学を卒業したばかりだった。学生時代からライター仕事はしていたものの、いくつかの出版社の入社試験に落ち、希望を失っていた。大学の卒論は「新宿都庁前の段ボール村」。それを知人の紹介で本書出版元の彩図社の編集長に見せたことが、「西成ルポ」のきっかけとなる。「原稿が良ければ本にしますよ」と言われたのだ。

 都庁前のホームレスは「世間から相手にされないことを逆手に取ったのびのびした生活」をしていると、國友さんは受け止めていた。西成には以前、3日間だけ滞在、ドヤ街に泊まったことがあった。その時の印象は、「老人たちの楽園、昼から酒を飲んだオヤジたちが若い姉ちゃんと一緒にカラオケを歌い、通りには気の抜けるようなチンドン屋の音色が流れている」街だった。そう悪い印象は持っていなかった。

 とりあえず1か月間、暮らしてみようと思って西成に来て、結局78日間滞在したルポが本書だ。

一般社会が「目と鼻」の先

 書名は「西成」となっている。この方面に詳しくない人には多少説明が必要かもしれない。國友さんが向かったのは大阪市西成区の「あいりん地区」、かつては「釜ヶ崎」と呼ばれたエリアだ。日本有数の日雇い労働者の街として知られ、高度成長期は活気にあふれていた。暴動が起きたこともある。

 この地区を管轄する西成警察署は、高い塀で囲まれている。暴動時に火炎瓶を投げ込まれたことがあるからだという。

 東京にも「山谷」という類似の場所があるが、「あいりん地区」とは多少色合いが異なる。「山谷」は近くに電車の駅がなく、どこにあるのか、東京在住者でも正確には言えない人がほとんどだろう。ところが、「あいりん地区」は、大阪市内を循環する環状線の新今宮駅から見えるところにある。大阪人の多くはこのあたりに近寄らないと言われるが、そこに「あいりん地区」があることは知っている。電車の窓越しに見える簡易宿泊所らしき建物や、行き交う人々の姿から推測が付くのだ。「一般社会から隔絶されているように見えるが、じつは一般社会が目と鼻」のところに位置している。これが「山谷」との大きな違いだ。

 現在は高齢化が進み、西成区の生活保護受給者は4人に1人だという。あいりん地区に限れば、その比率はさらに高まるだろうと書いている。いわば「福祉の街」に変貌しつつあるのが今の姿だ。

 國友さんは、手配師に声をかけられ、労働福祉センターで求人票を眺めて建設労働者になる。ビルの解体作業などに従事するが、まさに命がけの仕事だということを実感する。飯場やドヤに泊まり、ドヤのスタッフにもなってトイレの掃除係なども経験した。

 ルポを始めた時はまだ25歳。若者が少ないこの街では否が応でも目立ってしまう。國友さんは「本を書くために来た」ということを公言した。そして、いろいろな人と飯を食い、酒を飲み、怪しげな場所に出入りし、人生談を聞く。体感として住人の6割は覚せい剤の経験者で4割が元ヤクザだという印象を持ったという。

それぞれの「体」で生きている

 國友さんは誰とでも話し、キーマンを見つけて情報を入手する。そのあたりはなかなか巧みだ。かつてバックパッカーとしてアジアの安宿を放浪したこともあるので、見知らぬ人と話すのは慣れている。学生時代からライターをしているから、まったくの新人ではない。格闘技を7年間ほど続けて身体も鍛えている。

 本書には多数の興味深い話が出てくるが、それらがすべて「真実」なのかはわからないと思った。というのも、國友さんは、ここで暮らす人たちはみな「・・・という体(てい)」で生きていると書いているからだ。「体」とは、「設定」というような感じ。「私はこういう生き方をしてこう言う経歴で・・・」という物語を生きているというのだ。

 國友さんは建設現場で「証券会社員だが、有給休暇を取って短期バイト中」という人物を出くわした。この人物は周囲に「筑波大卒」と称していた。國友さんが「出身学部」を聞いたら、「教育学部」だという。今はそんな学科はないですよと疑問を投げかけると、「俺の時はあった」。その後、バレたと思ったのか、トイレで首をつかまれ「俺じつは筑波じゃなくて日大なんだよ・・」。話を合わせてくれと頼まれた。

 國友さんは書いている。そもそも証券会社員が40日余りの有給休暇を取り、飯場で働いているなどというハッタリを誰が信じるだろうかと。しかし、ここに暮らす人にとっては、他人の経歴について「本当か?」「アイツ嘘をついているやろ」と疑問に思うことは意味のないことなのだという。大半の人が、それぞれの「体」で生きているからだ。

「平凡な人間」は見当たらない

 本書は短期間の取材記録なので、西成に長く住んでいたり、深く関わっていたりする人たちの姿がまんべんなく描かれているわけではない。あくまで著者がたまたま知り合って、それなりの話が聞けた人たちの物語となっている。彼らの姿をなるべく具体的に伝えるために、かなり大胆な書き方になったり、ストレートな著者の感想がそのまま出たりしているところもある。

 「小指のない老人」と縁台将棋を指す。10日ほど前に刑務所を出たばかりという男は、もう15杯目のワンカップ酒をすすっている。「ちょっとしたことで相手の顔面をグーで殴る男」は週に一回、精神病院に通い始めた。「訳アリ人間」「ビックリ人間」「見るからにアブナイ人」だらけで「平凡な人間」は見当たらない・・・。彼らと共に働き、笑い、涙した日々を平明で読みやすい文章でつづっている。さまざま描写ではなるべく同じ言葉を使わないような細かな工夫は凝らされていると感じた。

 著者は結局、「自分はまだここに来るような人間ではない。この街にいる人間を見下していると言えばそうかもしれないし、逆に私のような人間がこの街にいること自体、恐れ多いような気もするのだ」という言葉で、本書を締めくくっている。

 ところで、2012年から公募で西成区長になり、4年間務めた臣永正廣さんは、もともとフリーのジャーナリストだった。「西成」のような場所に関係する人は多い。評者も、西成ではないが、行政の側で長年、ホームレス問題などに取り組んできた人物をよく知っている。かつて「日雇い労働者の街」と言われた地区は全国にいくつかあるが、全体として環境改善が進んでいるようだ。國友さんがさらに取材対象を広げ、続編を書けばノンフィクションとして厚みを増すことになるだろうと思った。

 2018年刊の単行本をもとに紹介したが、20年10月に文庫になっている。

 BOOKウォッチでは関連で、『ホームレス消滅』(幻冬舎新書)、『悪党・ヤクザ・ナショナリスト』(朝日新聞出版)、『サカナとヤクザ』(小学館)、『塀の中はワンダーランド』(KKベストセラーズ)、『マトリ――厚労省麻薬取締官』 (新潮新書)、『麻取や、ガサじゃ!――麻薬Gメン最前線の記録』(清流出版)、『ルポ川崎』(サイゾー)、『ルポ 禁断の日本地図』(宝島社)、『ふくしま原発作業員日誌――イチエフの真実、9年間の記録』(朝日新聞出版)、『漂流児童』(潮出版社)、『さまよう遺骨--日本の「弔い」が消えていく』 (NHK出版新書)、『証言 貧困女子』(宝島社新書)なども紹介している。このほか、『太平洋戦争の収支決算報告 戦費・損失・賠償から見た太平洋戦争』(彩図社)、『東京のディープなアジア人街』(彩図社)なども取り上げている。

BOOKウォッチ編集部 aki)  


 


  • 書名 ルポ西成
  • サブタイトル七十八日間ドヤ街生活
  • 監修・編集・著者名國友公司 著
  • 出版社名彩図社
  • 定価本体682円+税
  • 判型・ページ数文庫判・248ページ
  • ISBN9784801304833
 

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