地球惑星科学を専攻した研究者から作家になった異色の経歴を持つ伊与原新さん。その新刊が、本書『八月の銀の雪』(新潮社)だ。天文、気象、生物などをテーマに、自然科学のエッセンスを巧みに織り込んだ短編5編を収めている。
表題作の「八月の銀の雪」は、幻想的なタイトルの作品だ。就活連敗中の理系の大学生・堀川は、同じ教養ゼミだった清田と再会し、断り切れずに仮想通貨のアフィリエイターのサクラになるバイトをする。ある日近所のコンビニで、清田がアルバイトのベトナム人女性グエンを怒鳴りつけているのを見かける。グエンは堀川に、コンビニの片隅に自分が置き忘れた論文を見なかったかとたずねる。
その後、グエンは堀川と言葉を交わすようになり、大学院の博士課程1年で理学部の地震研究所に所属する、自身の正体を明かす。グエンが無くしたという論文の一部を見つけた堀川は研究所にグエンを尋ねる。奨学金を得ている彼女はアルバイト禁止だが、妹の学費を稼ぐため、身分を隠してアルバイトをしているなど自分のことを語り始めた。
「僕が最初に出会ったグエンは、使えないコンビニ店員だった。その薄い皮の下には、優秀な大学院生という本当の姿があった。そしてその真ん中には、ベトナムの農村で育った家族思いの彼女がつまっている」
八月に就活を再開した堀川に、グエンは、地球の内核に雪が降るという仮説を紹介する。大きさが月の3分の2くらいの内核は液体の外核に囲まれて浮かんでいる。鉄の結晶が樹枝状に伸びた銀色の森のように見える。外核の底で、液体の鉄が凍って内核の表面に落ちていくという。「銀色の雪」のように。
「地球の中心に積もる、鉄の雪――。 僕の中にも芯があるとしたら、そこにも何か降り積もっているのだろうか。少しずつでも、芯は大きくなっているだろうか」
地球の核に降り積もる雪の幻想的なイメージが人生に行きづまった人の気持ちに寄り添う。
ほかに、子育てに自信をもてないシングルマザーが、博物館勤めの女性の言葉に救いを見出す「海へ還る日」、俳優の道を諦めた男が、迷い伝書鳩の飼い主を探す「アルノーと檸檬」、珪藻でアート作品をつくる偏屈な男性と、失恋の痛手を負った女性の出会いを描く「玻璃を拾う」、太平洋戦争に従軍した気象技術者の話が登場する「十万年の西風」が収められている。
あとがきには、研究者や標本作成師、動物写真家らへの謝辞が書かれ、参考文献には、内外の科学書や論文が挙げられている。
伊与原さんは、1972年大阪生れ。神戸大学理学部卒業後、東京大学大学院理学系研究科で地球惑星科学を専攻。博士課程修了後、大学勤務を経て、2010年、『お台場アイランドベイビー』で横溝正史ミステリ大賞を受賞。他の著書に『青ノ果テ―花巻農芸高校地学部の夏―』『ルカの方舟』『博物館のファントム』『梟のシエスタ』などがある。理系の目を生かしたエンターテインメント性の高いストーリーが評価を得ている。
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