臓器を抜き取られた死体が相次いで発見される。被害者たちはみな、貧しい家庭で育った少年だった。誰が何のために? 本書『カインの傲慢』(株式会社KADOKAWA)は、臓器売買の闇に迫った社会派医療ミステリーである。
東京・練馬区の緑地で肝臓を半分だけ摘出された死体が見つかった。警視庁捜査一課の犬養隼人と高千穂明日香が捜査に動き出す。「平成の切り裂きジャック」事件の模倣犯の犯行と思われたが、生体肝移植の手術の途中に何かのアクシデントが起こり、その後始末に死体が放棄された可能性も考えられた。
開腹と縫合の手際も悪い傷跡が残っており、医者がかかわっているとしたら、とんだやぶ医者の仕業と思われた。
死体からは絶食に近い状態と慢性的なビタミン不足がうかがえた。被害者の身元はなかなか分からなかったが、出入国在留管理局から回答があり、中国湖南省から1週間の観光ビザで入国した12歳の少年であることが判明した。
中国へ渡った明日香は、中国が臓器移植大国であることを知る。厳罰主義の中国では死刑囚の臓器移植が容認されていた。その後、執行数が減ると、臓器移植ビジネスは地下に潜るようになった。
少年は中国でも最貧県の出身で、養子縁組をして日本へ渡っていた。母親はすべてのからくりを知った上で、ブローカーに子どもを売ったのだった。
第二の被害者が東京・大田区の路上で見つかる。腹に残った痕は、最初の少年の身体に残されていた切断面とよく似ていた。被害者は近くに住む中学2年の少年だった。父親が借金で失踪し、母親と二人暮らしだった。自宅を訪ねた犬養は、その荒廃ぶりに驚く。 母親もまた借金をしていたが、200万円を返済していたことが分かる。問い詰めると、母親はこう答えた。
「同意は、雅人が言い出したんです。お母さんに水商売なんてさせたくない。肝臓は半分切除しても日常生活には支障が出ないし、また再生するらしい。それで二百万円もくれるのならそうしようって」
さらに第三の犯行が最初の現場近くで起こる。被害者は不良グループの15歳の少年だった。少年の父親は臓器売買の事実を知り、息子がどこかに金を残しているのではないか、と犬養と明日香に言い放つ。死んでからも父親からは金蔓としてしか見られていないのだ。明日香はこう言う。
「それでも貧困家庭に生まれ育った全員が非行に走る訳じゃないんです。貧困はあくまで外部要因の一つで、少年を非行に走らせる直接の要因は家族です」
この後、ストーリーは臓器売買をめぐる真相に迫る。最後のどんでん返しにも驚いた。
臓器移植法により、金銭を目的にした臓器移植は日本では禁止されている。だから最初に本書を読んだときに、「荒唐無稽なストーリー」だと思った。しかし、少し調べると、摘発された例があり、決して絵空事ではないことを知った。
読み終えれば、臓器売買の問題よりも、被害者の少年らの「貧しさ」と親の問題に目が向くはずだ。
著者の中山七里さんは、1961年岐阜県生まれ。2009年、『さよならドビュッシー』で第8回『このミステリーがすごい!』大賞を受賞しデビュー。本作は「刑事犬養隼人」シリーズの第5弾。本書はコロナ禍前の2018年4月号から19年1月号まで「本の旅人」に連載したものをまとめた。
中山さんは「平時に隠れていたものは非常時に表面化するものです。戦争・内乱・流行病がそうですが、犠牲になるのはいつも貧困層からです。言い換えれば平時の段階で貧困問題を取り上げておかなければ、非常時になった時には既に手遅れになる。それを比較的広範且つ分かり易く提示できるのがエンターテインメントの強みだと考えています」とメッセージを寄せている。
評者はたまたま数日前に韓国映画「コインロッカーの女」(2015年)を見たばかりで、臓器売買のために殺人を繰り返す「家族」に戦慄した。日本では都市伝説のように語られる臓器売買だが、アジアの近隣諸国では現実なのかもしれない。本書が日本のそうした未来を予測した作品にならないことを祈るばかりだ。
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