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尾崎豊とピエール瀧・・・音楽の「自粛」が違いすぎる

音楽が聴けなくなる日

 電気グルーヴのピエール瀧が2019年3月12日、麻薬取締法違反容疑で逮捕され、翌日、レコード会社ソニー・ミュージックレーベルズは全ての音源・映像の出荷停止、在庫回収、配信停止を発表した。本書『音楽が聴けなくなる日 』(集英社新書)は、この事件で、配信停止などの撤回を求める署名運動に関わった人たちによる共著だ。

 近年ミュージシャンらの薬物事件ではこのような対応が即座に行われるケースが多いが、そんな「自粛」は何のため、誰のためのものだろうか? と問いかける。同時に日本社会で強まる同調圧力についても疑問を呈している。

署名活動の共同発起人

 著者の永田夏来さんは社会学者。兵庫教育大学大学院准教授。早稲田大学で博士(人間科学)を取得。専門は家族社会学。かがりはるきさんは音楽研究家。ブログやSNSを拠点に研究・調査等を行っている。二人は、「電気グルーヴの音源・映像の出荷停止、在庫回収、配信停止を撤回してください」と題した署名活動の共同発起人。27日間で6万4606人の署名を集めた。もう一人の著者、社会学者の宮台真司さんは署名提出後に行った文部科学省記者クラブでの記者会見に同席、学術的な論点を紹介した。三氏がそれぞれの立場から、現代社会における「音楽」「薬物」「自粛」の在り方について考察を深めている。

 本書は、以下の構成。

 ・はじめに――永田夏来
 〇第一章 音楽が聴けなくなった日――永田夏来
 ・ピエール瀧逮捕で電気グルーヴが聴けなくなる/署名提出とその後/自粛と再帰性/友達と、社会と
 〇第二章 歴史と証言から振り返る「自粛」――かがりはるき
 ・音楽自粛30年史/事務所、ミュージシャン、レコード会社それぞれの言い分
 〇第三章 アートこそが社会の基本だ――宮台真司
 ・快不快は公共性を持たない/アートの思想こそが近代社会の基本だ/好きなものを好きと言おう
 ・おわりに――宮台真司
 ・音楽自粛史年表

薬物への依存は犯罪以前にまずそれ自体が病気

 永田さんが署名活動を思い立った理由は三つ。まず「作品を聴く権利をリスナーから奪っている」。二つ目は「高額での転売を呼び起こしている」。三つ目は「ピエール瀧さんの薬物依存からの回復を妨げる可能性がある」。

 三番目について永田さんは、「薬物報道ガイドライン」などを参照しながら次のように述べる。「薬物の使用は違法ですが、薬物への依存は犯罪以前にまずそれ自体が病気であるという前提が重要です」。

 多くのミュージシャンに賛同人になることを求めたが、なかなか応じてもらえなかったという。ようやくみつけたのが、ヒカシューの巻上公一さんと、ラッパーのダースレイダーさん。巻上さんには直接連絡したが、突然の申し出に対する第一声は、「僕にこの話がまわってきたということは、誰も受けてくれないということですね」。ミュージシャンが委縮せざるを得ないような昨今の音楽状況を良く理解していた。

 ちなみに署名簿はソニー・ミュージックレーベルズに提出したが、受け取った人は役職などを明かさなかった。どんな立場の人か、わからないままだったという。

執行猶予中に「世界に一つだけの花」

 第二章の「音楽自粛30年史」がなかなかの労作だ。トップに登場するのは尾崎豊。1987年12月、覚せい剤取締法違反容疑で逮捕され、懲役1年6月、執行猶予3年の判決。ピエール瀧と量刑や執行猶予期間は同じだが、自粛の内容は大きく違った。翌月の武道館公演は逮捕後の拘留期間中ということもあって中止になったが、それを除けば、これといった自粛はなかったという。逮捕半年後のまだ執行猶予期間中に、シングル「太陽の破片」をリリースして復帰、翌日にはフジテレビの「夜のヒットスタジオ」に出演している。

 1989年4月にはBUCK-TICKのメンバーがLSD使用による麻薬取締法違反の疑いで捕まる。懲役6月、執行猶予3年。この時は作品に対する回収はなかったが、メンバー全員が半年間の謹慎。しかし、その後すぐに東京ドーム公演。

 ターニングポイントになったのは1997年のL'Arc〜en〜Cielと99年の槇原敬之だったという。前者はメンバーの一人が覚せい剤取締法違反容疑で捕まり、翌月リリース予定だったシングルを発売停止。旧譜なども出荷停止。ただし期間は1~2か月間だったようだ。後者は店頭在庫も回収されるなど、ラルク以上の厳しい措置が取られた。99年12月に懲役1年6月、執行猶予3年の判決。ただし、代表曲「世界に一つだけの花」が発売されたのは2002年7月なので、まだ執行猶予中だったと著者は見ている。

 「平成は『自粛』の時代だったのではないか」「自粛が年々きびしくなっているのではないか」との仮説を念頭に調べてみたが、いずれも当たった、と振り返っている。

行き過ぎた「自粛」は日本の劣化の兆候

 本書では音楽関係者へのインタビューも掲載されている。その中で興味深いのは、CHAGE and ASKAのマネジメント事務所、ロックダムアーティスツの大崎志朗・元代表取締役の話だ。

 ASKAが2014年に事件を起こした時は代表だった。当時は、「自粛は当然」という風潮があり、「世の中に対し反省の姿勢を形で示すことこそがベストな選択」と考えた。今は、その判断を悔いているという。「これは邦楽の世界だけに存在する特殊な現象であり、洋楽の場合は例がありません」。

 自粛の時点でミュージシャンは収入が断たれ、グループだとメンバー全員に被害が及ぶ。社会的に抹殺され、再起が難しくなることもある。かがりさんは、「こうした自粛を繰り返さないためにはどうすればいいか」と聞いている。大崎さんは最近の社会の有り様にまで視野を広げ次のように話す。

 「一番は『寛容』になることだと思います。怒りとかストレスとか、ハラスメントが一日中ついて回るような今の世の中のキーワードは『許さない』ことだと思うんですよ。例えば国会議員が不倫してようが全然関係ないはずだけど、『不倫はいけない、許さない』とかいろんなものを許さない、許さない・・・って、どんどんシャープになってきて幅がなくなってきて、どんどん狭くなってきた価値観同士がぶつかり合うと、もう多勢に無勢で。『共存する世の中』『多様性』って口では言うけど、共存なんか全然できていないですね」

 宮台さんは「第三章」で、「行き過ぎた『自粛』が日本の劣化の徴候である事実を今、改めて感じます」と書いている。

 本書の巻末には「音楽自粛小史」のリストも掲載されている。吉田拓郎、井上陽水、小室哲哉、酒井法子、沢尻エリカらの名前が並んでいる。

 BOOKウォッチでは関連で『ライブカルチャーの教科書』(青弓社)、『反戦歌――戦争に立ち向かった歌たち』(アルファベータブックス)、『すべてのJ-POPはパクリである』(扶桑社)、『イントロの法則80's』(文藝春秋)、『詞と曲に隠された物語 昭和歌謡の謎』(祥伝社新書)、『私たちは洋楽とどう向き合ってきたのか』(花伝社)、『マトリ――厚労省麻薬取締官』 (新潮新書)、『麻取や、ガサじゃ!――麻薬Gメン最前線の記録』(清流出版)、『マリファナ青春治療』(KKベストセラーズ)、『阿片帝国日本と朝鮮人』(岩波書店)、『ヒトラーとドラッグ――第三帝国における薬物依存』(白水社)なども紹介している。

 


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  • 書名 音楽が聴けなくなる日
  • 監修・編集・著者名宮台真司、永田夏来、かがりはるき 著
  • 出版社名集英社
  • 出版年月日2020年5月15日
  • 定価本体820円+税
  • 判型・ページ数新書判・224ページ
  • ISBN9784087211238
 

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