日本は島国だが、海岸線から少し歩くと、林があり、森があって、やがて山塊にぶつかる。さらに踏み込むと深山幽谷。というわけで、巨樹には事欠かない。
本書『神木探偵――神宿る木の秘密』(駒草出版)は、巨樹の中でもとりわけ神々しく、人々に長く奉られてきた「神木」を訪ね歩いた記録だ。意外にも、「神木」についてまとめられた初めての本だという。
北は青森から南は鹿児島まで69の「神木」が登場する。現地にたどり着き、撮影するのは大変だったのではないかと想像した。たいがい神社の境内にあるとはいえ、人里離れたところにある神社もいくつか登場する。
たとえば、島根県の隠岐島。本書では「隠岐・島後の怪樹」として10数ページにわたって紹介されている。「岩倉の乳房杉」「大山神社の神木」「かぶら杉」「玉若酢命神社の八百杉」が取り上げられている。松江からフェリーで2時間半。樹齢800年という、とてつもない霊木の写真などが掲載されている。
著者の本田不二雄さんは1963年生まれ。編集者で、ノンフィクションライター。一般向けの宗教書シリーズの編集に長く携わっている。『ミステリーな仏像』など多数の関連著書がある。隠岐の「神木」をたどった感想をひとことで言えば、「目くるめくような巡礼体験」だと振り返っている。
BOOKウォッチで以前紹介した『秘境神社めぐり』(ジー・ビー)によると、隠岐島の神社群は日本の神社の中でもとくに「秘境」のレベルが高い。離島だから当然だろう。ここは秘境神社の密集地なのだという。同書では4社が紹介されていた。いずれも朝廷が霊威を認めた「名神大社」だという。出雲国でさえ2社しかないというから、隠岐の神社群のスゴさがわかる。鬱蒼とした太古の森に囲まれ、奇怪な形をした巨木にあふれている。本田さんが興奮したのも当然だろう。
本書には素晴らしいカラー写真が大小多数掲載されている。それを眺めているだけで心が洗われ、参拝した気分になり、世俗の憂さを忘れることができる。
しかしながら新型コロナ騒動で世間が揺れている時期でもあるので、一か所、関係の神木を紹介しておきたい。「疫病神が祀られた神木」というタイトルが付いている。「疫病」とは「感染症」のことだ。
静岡県伊東市の「葛見神社の大クス」。JR伊東線の伊東駅で下車して20分ほど歩くと葛見神社に着く。背後に社叢が迫ってくる境内の一角で、不意に巨木に出合うことになる。その瞬間の驚きを本田さんは書いている。「すごいものを見てしまった。それが正直な感想である」。幹回りがなんと約15メートル。高さ約25メートル。妖気というものが全体から漂っている。
「地面からボコボコと泡を立てながら噴出してきたような、全身コブまみれの木の塊。その正面中央には、縦に割いてこじ開けたかのようなウロがあり、小祠が祀られている」
「広葉樹の多くは、数百年の寿命を重ねると異相を呈するようになるが、この木の場合、異相はもとより老いの極みのようなものをも感じさせてやまない」
この怪樹の祠は、「疱瘡神社と疱瘡稲荷」の合社なのだという。疱瘡とは天然痘のこと。長く人々を苦しめてきた代表的な感染症である天然痘の病除け・疾病平癒を祈る神木なのだ。古来、どれほど多くの人が、ここで祈りを捧げてきたことか。それはこの大クスの「樹肌と無関係ではあるまい」と本田さん。
「天然痘といえば、膿疱という、ウミのたまった水ぶくれが皮膚全体にあらわれ、治癒後もアバタとなって残るのが特徴である。つまり、大クスの樹皮にボコボコとあらわれているコブがあたかも疱瘡の膿疱(アバタ)を思わせ、みずからや親兄弟の流行病を代わって受け止めてくれている――そう信じられたからではなかったか」
本田さんの描写力や推理は極めて的確で、パワフルな神木写真に加えて本書を読み応えのあるものにしている。「探偵」などというキャッチ―なタイトルが付いているが、宗教知識と現場踏査に裏付けられた、中身の濃い本格派の力作本だと感じた。葛見神社の大クスは、そのうちテレビ局が取材に訪れるかもしれない。
BOOKウォッチでは関連で、『奉納百景』(駒草出版)、『二十二社――朝廷が定めた格式ある神社22』(幻冬舎新書)、『靖国神社が消える日』(小学館)、『ニュースが報じない神社の闇』(花伝社)、『秘境駅の謎 なぜそこに駅がある!?』(発行:天夢人 、発売:山と渓谷社)なども紹介している。
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