本書『アーモンド』(祥伝社)は、「2020年本屋大賞」翻訳小説部門で1位になった作品だ。最近、日本でも韓国の小説は注目されているが、昨年(2019年)7月の日本での発売以来、4刷と版を重ねているのは珍しい。何が支持を集めている原因なのかを知りたくて手に取った。
表紙には、ぼんやりとした表情を浮かべる少年の顔のイラストが載っている。そう、この表情こそが、この作品のカギになっている。タイトルの「アーモンド」とは、脳の「扁桃体」と呼ばれる部分。大きさも見た目もアーモンドに似ている。人間の感情を司る働きをする。
主人公のユンジェは、扁桃体がうまく機能しない「失感情症」の少年だ。
「喜びも悲しみも、愛も恐怖も、僕にはほとんど感じられないのだ。感情という単語も、共感という言葉も、僕にはただ実感の伴わない文字の組み合わせに過ぎない」
目の前で祖母と母が通り魔に襲われたときも、ただ黙って見つめているだけだった。高校に入ったユンジェは、クラスメイトからは完全に敬遠される存在だった。
そんなところに一人の転校生がやってくる。殺人以外は何でもやっているチンピラと噂されているゴニだ。二人には妙な因縁があり、ゴニはユンジェをいじめることに精を出すが、ユンジェにとってはなんてこともない。
「君が望んでいることをするには、僕は演技をしなきゃならない。それは僕には難しすぎる。無理なんだ。だからもうやめろ。みんなだってうわべでは怖がっているふりをしているけれど、内心では君をバカにしてるんだから」
母親が経営していた古本屋の店番をするユンジェのもとへ、ゴニが出入りするようになる。目当ては古いポルノ雑誌やヌード写真集だ。しだいに親しくなっていく二人。そしてある事件が起こる......。
評者が本書の設定で思い浮かべたのは最近、ネットフリックスで配信された韓国のテレビドラマシリーズ「秘密の森」だ。主人公の検事は、幼少期に受けた脳手術の後遺症で、「失感情症」になったというユンジェと同様の人物。女性刑事との間に友情のようなものが芽生えるというストーリーのサスペンスだ。
本書もテレビドラマのような展開で、飽きさせない。それもそのはず。著者のソン・ウォンピョンさんはもともと映画畑の人だ。
1979年ソウル生まれ。西江大学校で社会学と哲学を学び、韓国映画アカデミー映画科で映画演出を専攻。映画評論やシナリオシノプシスの受賞歴がある。「人間的に情の通じない人間」など多数の短編映画の脚本、演出を手掛けた人だ。
2016年、初の長編小説となる本書で第10回チャンビ青少年文学賞を受賞、韓国で40万部のベストセラーとなった。現在、映画監督、シナリオ作家、小説家として活躍しているので、いずれ本書も彼女の手で映画化されるかもしれない。
日本で言えば、ヤングアダルトのジャンルに入る作品だが、韓国では幅広い年代の支持を受け、「社会派ヤングアダルト小説の誕生」と評されている、と訳者の矢島暁子さんが「あとがき」で紹介している。共感の喪失が大きなテーマになっているからだ。
日本以上の競争社会と言われる韓国。本書に登場する「通り魔」も、こんな男だ。
「四年制大学を卒業して、中小企業で十四年間営業の仕事をしていたが、不景気を理由に突然リストラされた。退職金で開いたチキン屋も、二年も経たずに廃業に追い込まれた。借金を抱え、家族は男のもとを去った」
住まいも半地下の部屋だったというから、アカデミー賞を受賞した「パラサイト」そのものの世界だ。
昨年(2019年)日本でもベストセラーになった韓国小説『82年生まれ、キム・ジヨン』(筑摩書房)は、日本以上に男尊女卑の韓国社会を風刺して、日本の女性にも支持された。すっかり交流が途絶えた日韓関係だが、文芸の分野では、往来が増えている。
BOOKウォッチでは、『82年生まれ、キム・ジヨン』のほか、韓国関連として、『ルポ「断絶」の日韓』(朝日新書)、『だれが日韓「対立」をつくったのか』(大月書店)、『反日種族主義』(文藝春秋)などを紹介済みだ。
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