東京都駒込には、"日本一美しい本棚"と言われる書庫をもつ「東洋文庫」という図書館がある。日本最古・最大の東洋学研究図書館で、世界5大東洋学研究図書館の一つにも数えられている、由緒ある施設だ。
そんな「東洋文庫」の学芸員の篠木由喜さんは、大のマンガ好き。歴史の知識が豊富な学芸員は、どんなマンガをどんなふうに読んでいるのだろうか? 今回から始まるシリーズ「マンガでひらく歴史の扉」で、篠木さんのおすすめのマンガを入口に、歴史の世界をのぞいてみよう。
第1回は、7月19日に最終31巻が発売され、ついに完結を迎えた『ゴールデンカムイ』(集英社)。実写映画化されることも決まっている、超人気作品だ。アイヌの埋蔵金をめぐるサバイバルバトルを描いた本作の作者は、アイヌの歴史に関する膨大な文献を読み込んだのだという。現在東洋文庫ミュージアムで開催されている「日本語の歴史」展には、アイヌ語にまつわる書籍も展示されている。大人気「金カム」がもっと面白くなるポイントとは?
(※以下、『ゴールデンカムイ』本編のネタバレを含みます)
STORY
莫大な埋蔵金を巡る生存競争サバイバル!!
舞台は気高き北の大地・北海道。時代は、激動の明治後期。
日露戦争という死線を潜り抜け『不死身の杉元』という異名を持った元兵士・杉元は、
ある目的の為に大金を欲していた...。
一攫千金を目指しゴールドラッシュに湧いた北海道へ足を踏み入れた杉元を待っていたのは、網走監獄の死刑囚達が隠した莫大な埋蔵金への手掛かりだった!!?
雄大で圧倒的な大自然! VS凶悪な死刑囚!!
そして、純真無垢なアイヌの少女・アシㇼパとの出逢い!!!
莫大な黄金を巡る生存競争サバイバルが幕を開けるッ!!!!
(コミックス公式サイトより)
コミックス最終巻のラストには、ある加筆がされている。作者の野田サトルさんがアイヌについて研究した参考書籍が、ぎっしりと描かれているのだ。「この参考文献の数、すごいですよね!」と篠木さんは目を輝かせる。
コマに描かれている参考書籍の中には、本格的なアイヌ語研究の創始者として知られる金田一京助の本も。金田一京助にアイヌ語研究をするよう最初に勧めたのは、なんと東洋文庫の創立期の理事で国語学者の上田萬年だったそうだ。
『ゴールデンカムイ』には史実にもとづくエピソードがいくつも登場する。たとえば、コミックス21巻にはこんなシーンが。
篠木さん:「活動写真」、つまり当時の無声映画を撮る稲葉勝太郎という人物と出会う場面があります。主人公のアシㇼパさんが「それめっちゃいいじゃないか!」と食いつき、アイヌの踊りや、口承でしか伝えられてこなかった神話を、活動写真として残そうと発案するんです。アシㇼパさんが監督になって同行人たちを演者に見立てて、活動写真を撮りはじめるんですね。
稲葉のモデルは、稲畑勝太郎という実在の人物と思われます。染色の実業家・政治家なんですが、ヨーロッパで見たシネマトグラフに魅了されて、それを日本に持ってきたんです。しかも、実際に稲畑たちが撮ったアイヌのフィルムもいくつか残っているそうなんです。アシㇼパさんや稲葉は架空のキャラクターですが、もしかしたらこんなエピソードが本当にあったんじゃないか? という想像がふくらみますよね。
作中で稲葉と同行している撮影技師ジュレールも、実際に稲畑とともに撮影をおこなったフランス人撮影技師コンスタン・ジレルがモデルと考えられる。登場人物が史実にもとづいていると知ると、架空の主人公たちとの絡みによりいっそうロマンを感じる。
それから、作品と史実との面白い関係はほかにも。ゴールデンカムイファンには今更だが、日露戦争(1904-05年)のあとのストーリーなのに「土方歳三が生きている」という点だ。これも、土方が死んだとされる戊辰戦争(1868年)で「遺体がどこに埋葬されたのかはっきりしない」という事実を活かしたものだ。作中では実は生き延びて逃れ、網走監獄に収容されていた......という設定になっている。
コミックス6巻では、老人だとあなどる若者を土方が容赦なく斬り捨て、「いいか小僧ども この時代に老いぼれを見たら『生き残り』と思え」という名ぜりふを放つシーンも。歴史上の人物の中でも人気が高い土方の、他の作品では見ることができない老人姿の活躍には、胸が躍る人が多いだろう。
『ゴールデンカムイ』の魅力の一つは、史実とフィクションを巧みに織り交ぜていることだ。
篠木さん:アイヌの歴史を勉強すると、野田先生がすごく研究していて、史実のエッセンスを巧みに組み込んでいるということに気づくことができます。「こんな面白い人が北海道に関係していたの?」というような視点から、自分でアイヌについて調べることができる、そんな作品なんです。『ゴールデンカムイ』をきっかけに、アイヌについて調べてみるのもおもしろいのではないでしょうか。
31巻のコマに描かれている書籍のほか、単行本各巻には参考文献がびっしりと一覧になっているページがある。『ゴールデンカムイ』でアイヌの歴史に興味が湧いたら、作者・野田サトルさんが読んだ参考文献の中から、気になるものを読んでみてはいかがだろうか。
アイヌ語は口語で伝えられてきた言語で、文字をもたない。アイヌ語をカタカナで表現するときには、「アミㇷ゚(着物)」「イタㇰ(言葉)」のように、通常の日本語では小さくならない字を小さく表記することがある。『ゴールデンカムイ』の主人公・アシㇼパさんの「ㇼ」もそうだ。
篠木さん:現在東洋文庫ミュージアムで開催している「日本語の歴史」展では、アイヌ語に関する書籍も展示しているのですが、キャプションにアイヌ語仮名を使いたくて、打ち方を調べました。そうしたら、windowsでは日本語の拡張フォントにアイヌ語仮名がちゃんと入っていたんです。実は、iPhoneにもiOS15からアイヌ仮名のキーボードが入っていて、スマホでもアイヌ語が打てるんですよ!
篠木さん:公式でも打ち方がわからなかったのか「アシ(リ)パ」のような表記をしていることがあったんですけど、ちゃんとフォントがあるよ! ということを最後にお伝えしたいです(笑)
iPhoneユーザーの方はぜひ、キーボードで「アシㇼパ」と打ってみては。
東洋文庫ミュージアムでは現在、「日本語の歴史」展が開催中だ。アイヌ語にまつわる書籍のほか、万葉集、源氏物語、解体新書など、東洋文庫所蔵の貴重な資料から、日本語の発展をひもといていく。普段何げなく使っている日本語の、知られざる歴史を探検しに行こう。展示は2022年9月25日まで。
公式Webサイト→http://www.toyo-bunko.or.jp/museum/exhibition.php
〈東洋文庫〉
1924年に三菱第3代当主岩崎久彌氏が設立した、東洋学分野での日本最古・最大の研究図書館。国宝5点、重要文化財7点を含む約100万冊を収蔵している。専任研究員は約120名(職員含む)で、歴史・文化研究および資料研究をおこなっている。
「マンガでひらく歴史の扉」、次回もお楽しみに!
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