元徴用工訴訟や日本政府による対韓輸出規制の強化で日韓関係は極度に緊張している。トランプ米政権が日韓双方に自制を求める動きをしていたことが明らかになったばかりだ。
なぜここまで日韓は分かり合えないのか、なぜ韓国は約束を「反故」にするのか、2019年4月に二度目のソウル勤務を終えて帰国した朝日新聞前ソウル支局長の牧野愛博さん(現・編集委員)が、そうした疑問に答えるように書き下ろしたのが、本書『ルポ「断絶」の日韓』(朝日新書)である。
朝日新聞の韓国報道というと色眼鏡で見られがちだが、牧野さんの韓国発の記事は出色だったというのは、永田町・霞が関・マスコミでの定評だろう。これまでに文藝春秋や講談社からも著書を出している。イデオロギー的なバイアスがかかっておらず、韓国の人々の息づかいが感じられるし、何よりもシークレットなソースによる「スクープ」も目立っていた。社会部、国際報道部(外報部・外信部)系のソウル特派員が多い中で、牧野さんは政治部出身。各社とも明らかに韓国・朝鮮へのシンパンシーが過剰と思える記者や帰国後、鬼の首を取ったようにかの国をこき下ろし、本を粗製乱造する記者もいる中で、冷静に中庸ともいえるスタンスを貫いてきたといえるのではないか。
本書のまえがきで、牧野さんは韓国に内在するさまざまな問題にふれている。「韓国人は皆、日本が好きだが、公の場で日本を擁護することは難しい」という韓国の知人たちの言葉を紹介する。
その理由は3つ。第二次大戦直後の李承晩政権による激烈な反日教育。それを受けた世代がまだ影響力を持っている。次に北朝鮮の存在。北朝鮮の国営メディアが韓国の反日感情に火をつけ、日韓関係にひびを入れようとしている。三番目に日韓それぞれの地位の変化。韓国もG20の一員となり、日本よりも中国とうまくやった方がいいという見方が出てきた。
そして文政権は日本に関心を持たず、持ちたくないという姿勢を続けている、と指摘する。日本以上に大企業重視、学歴偏重という社会のゆがみが大きく、韓国の人々は怒りや不安を抱えている。だから日本への関心も知識もない一部の集団が激しい日本批判を繰り返し、留飲を下げている、と牧野さんは見ている。
本書はレーダー照射事件、徴用工判決と慰安婦財団問題、この100年の日韓の歴史、文在寅大統領とは何者か、と叙述を進める。特に文大統領との軋轢が興味深い。牧野さんの報道は標的にされ、2017年の後半、大統領府への出入りを禁止される。17年6月15日付朝刊で「米議員に冷たい?文政権 訪韓しても面会拒否や短時間対応」という記事が発端だった。
米共和党の重鎮マケイン議員への対応を報じた記事だが、「事実無根」「爪先ほども事実のない報道」と批判されたのだ。さらに18年5月18日付朝刊の「核兵器の搬出、韓国が提案 4月、米朝の仲介目指しボルトン氏に」という記事で、史上初の「無期限立ち入り禁止」処分を受けた。18年末をもって解除されたが、この言論弾圧を報じた内外メディアはほとんどなく、評者も初めて知った。メディアの役割を「報道」ではなく「広報」だと勘違いしている同政権らしいエピソードだと書いている。
本書は「ルポ」と銘打っているだけに、読みどころは第5章「混乱する韓国社会」だ。文政権の最低賃金引上げ政策により、従業員を減らしたものの値上げを迫られ客足が減った大衆食堂、中国発のPM2.5を認知しながら強い抗議も出来ず、進む環境汚染、業務で英語を使うことはないのにTOEIC(国際コミュニケーション英語能力テスト)700点以上を求める企業に就職するために疲弊する生徒・学生。そんな社会のひずみが活写されている。
本書では書いていないが、苦労して大学に入っても大企業に就職出来るのはほんの一握り。将来に光を見出せず、自国を「ヘル(地獄)韓国」と呼ぶ若者たちが多い、と別の本にあった。だから出生率は日本を下回っている。日本を上回るスピードで少子高齢化が進むが、社会保障政策が充実していないので、高齢者の生活は苦しい。これ以上、経済が悪化したらどうなるのか、という不安が日本製品排斥運動につながっているのかもしれない。
牧野さんは、最終章で日韓の未来にふれている。「民間交流という光明」と書いているが、この夏、相次いで民間交流の中止が報道されている。
必要以上に韓国をけなすことも、持ち上げることもない、という著者のスタンスには共鳴できる。だが、今回の対韓輸出規制の強化を評価する気分が評者にあることも正直に書かなければならない。韓流ドラマを見るために高いCS放送を契約するほどの韓国ファンではあるのだが、どこまで日韓関係は行ってしまうのか。まさに正念場を迎えている。
当サイトご覧の皆様!
おすすめの本を教えてください。
本のリクエスト承ります!
広告掲載をお考えの皆様!
BOOKウォッチで
「ホン」「モノ」「コト」の
PRしてみませんか?