日韓関係が極度に緊張を高めた2019年、7月に韓国で刊行された『反日種族主義』は10万部を超えて韓国で話題になった。11月には日本語訳が文藝春秋から出版され、25万部のベストセラーになった。もちろん、日本人が書いたいわゆる嫌韓本とは一線を画する内容だ。
元ソウル大学教授の経済史家の李栄薫(イ・ヨンフン)氏ら6人の専門家が結集し、日本による植民地支配や慰安婦問題、徴用工問題などを実証的な歴史研究に基づいて論証したのが特徴だ。日本の植民地支配を肯定するものではないが、事実に基づいた歴史観を共有しようという動きが韓国の歴史学者から生まれてきたのは、歓迎すべきことだろう。
共著者の一人で、韓国・落星台(ナクソンデ)経済研究所の李宇衍(イ・ウヨン)研究委員が12月18日、ソウルの日本大使館近くで慰安婦像の撤去などを求める集会を開いていたところ、サングラスの男に襲われた。けがはなかったが、からだを張ってまで、「反日」に対抗しようという研究者が韓国に存在することを知った。また、そこまで韓国内に亀裂が生じていることに大きな驚きを覚えた。
本書のプロローグで李栄薫氏は「嘘の国」と題し、嘘をつく国民、嘘をつく政治、嘘つきの学問、嘘の裁判、と韓国を徹底的に批判している。そうした嘘について寛大な社会の底辺を流れているのは、「物質主義」だとしている。
その根本にあるのは韓国に長い歴史を持つシャーマニズムだという。
「シャーマニズムの世界には善と悪を審判する絶対者、神は存在しません。シャーマニズムの現実は丸裸の物質主義と肉体主義です。シャーマニズムの集団は種族や部族です。種族は隣人を悪の種族とみなします」
こうして日本に対して客観的な議論が許容されない土壌が形成されてきた。
「韓国の民族はそれ自体で一つの集団であり、一つの権威であり、一つの身分です。そのため、むしろ種族と言ったほうが適切です」
それゆえ、本書のタイトルは「反日民族主義」ではなく、「反日種族主義」となっているのだ。
構成は「第1部 種族主義の記憶」「第2部 種族主義の象徴と幻想」「第3部 種族主義の牙城、慰安婦」の3部構成で、全部で22本の論文が収められている。
編著者らに敬意を表し、論文名をすべて列挙しよう。
1 荒唐無稽『アリラン』 2 片手にピストルを、もう片方に測量器を 3 食糧を収奪したって? 4 日本の植民地支配の方式 5 「強制動員」の神話 6 果たして「強制労働」「奴隷労働」だったのか? 7 朝鮮人の賃金差別の虚構性 8 陸軍特別志願兵、彼らは誰なのか! 9 もともと請求するものなどなかった――請求権協定の真実 10 厚顔無恥で愚かな韓日会談決死反対 11 白頭山神話の内幕 12 独島、反日種族主義の最高象徴 13 鉄杭神話の真実 14 旧総督府庁舎の解体――大韓民国の歴史を消す 15 親日清算という詐欺劇 16 ネバー・エンディング・ストーリー 「賠償!賠償!賠償!」 17 反日種族主義の神学 18 我々の中の慰安婦 19 公娼制の成立と文化 20 日本軍慰安婦問題の真実 21 解放後の四十余年間、慰安婦問題は存在しなかった 22 韓日関係が破綻するまで
いくつかの論文にふれよう。韓国で一番知られた人気小説家・趙廷来(チョ・ジョンネ)の大河小説『アリラン』は、350万部の大ベストセラーだが、総督府による朝鮮土地調査事業に際して、警察による即決銃殺が4000件もあったとし、虐殺の場面を何度も描いている。もちろん、あり得ないことだった。李栄薫氏は「実在の歴史を、幻想の歴史、つまり虐殺と強奪の狂気にすり替えました」と書いている。「趙廷来アリラン文学館」も建ち、小説のあらすじが、それらしい絵と写真資料で上手に展示されているという。
また、土地調査事業によって、全国の土地の40%が総督府の所有地として収奪された、と韓国の中・高等学校の韓国史教科書は教えてきた。しかし、この数字はまったくの虚妄であり、解放後に「自分の土地を返せ」という騒動や請願は一件もなかった。
1982年にある社会学者・歴史学者(ソウル大名誉教授、本書では実名)が『朝鮮土地調査事業研究』という本を書き、「片手にピストルを、もう片方には測量器を」という言葉を作ったという。「日帝の土地収奪が具体的に証明された」と韓国の学会・メディアは歓喜して迎えたが、何の裏付けもなかった。
巻末の久保田るり子・産経新聞編集委員の解説によると、李栄薫氏は、90年代に韓国中部、忠清南道七郡の膨大なデータベースを作り調べたところ、収奪されて日本人のものとなった土地がほとんどないことを明らかにした。土地調査事業とは土地行政のための所有権確定作業だったのだ。これらの成果を発表すると、韓国の歴史学者から「親日派」と呼ばれ、批判されてきたそうだ。
本稿では、喫緊の課題となっている徴用工問題と慰安婦問題にはふれない。ぜひ本書を読んでもらいたい。それぞれ詳しく論じている。
本書が韓国と日本で出版された意義(あるいは反発)については評者が書かずとも、すでに多くの報道が日韓双方でされている。
へそまがりな評者としては、昨年(2018年)4月、青山学院大学国際政治経済学部教授の木村光彦氏が刊行した『日本統治下の朝鮮 統計と実証研究は何を語るか』(中公新書)を合わせて読むことを勧めたい。「日本の朝鮮統治は『収奪』だけだったか」と日本のリベラル派の常識に真っ向から問題提起している。冷静な実証研究が遅れてきたのは、韓国ばかりでなく、日本でもそうだったことを教えてくれる。
北朝鮮の核開発のルーツが実は日本統治期にあったことなど、興味深い事実とデータを紹介している。
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