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昭和はまだ、遠くならない・・・  2019年BOOK回顧(5)

なぜ必敗の戦争を始めたのか

 平成が令和に変わり、昭和はすっかり遠くなった感がある。とはいえ、現代史の掘り起こしは続いている。あの戦争は何だったのか。私たちにどんな教訓を残したのか。2019年も関連書の刊行が目立った。あまり類書がないと思われるものも含めて「BOOKウォッチ」掲載本から振り返ってみたい。

「陸軍エリート将校反省会議」

 特筆すべきは、『なぜ必敗の戦争を始めたのか』(文春新書)だ。現代史研究家の半藤一利さんの編・解説。「陸軍エリート将校反省会議」という副題が付いている。戦争の遂行に深く関わった「陸軍エリート将校」たちが戦後に行った「反省会議録」の紹介だ。

 もともとは陸軍将校たちのOB組織「偕行社」が発行する雑誌「偕行」の昭和51(1976)年12月号~昭和53(1978)年3月号に、15回にわたって掲載されていたもの。「大東亜戦争開戦の経緯」というタイトルが付いていた。それを、半藤さんが了解を得て、初めて一般書としてまとめなおした。

 会議の出席者は、開戦時に陸軍中央部(陸軍省と参謀本部)の中堅参謀だった14人。当時の肩書は大本営参謀、関東軍参謀、ロシア課長、戦史課長、作戦班班長などなど。最終階級は大佐や中佐が多い。おおむねトップレベルの戦争責任者たちに直接会えて、報告書を書いたり、起案を具申したりする立場だった人たちだ。

 内輪の座談会ということもあり、当事者たちの本音が忌憚なく明かされている。戦争史についての本は多々あるが、指導的立場だった多数の軍人が、これほどあけすけに語っている本は珍しいのではないだろうか。「虚心坦懐に当時の記憶や思い出を語り合った」というだけあって、生々しく正直な肉声が目立つ。令和の読者にも読み継がれるべき一冊といえる。

「失敗の序曲」ノモンハン

 同書では、開戦前、参謀本部作戦課の幕僚の多くが反対だったことが明かされている。強硬論をぶって趨勢を決めたのは、辻政信参謀と服部卓四郎作戦課長ら少数だった。この二人は昭和14(1939)年、モンゴルと満州国境で日本軍がソ連軍と衝突して惨敗したノモンハン事件の責任者コンビ。いったん閑職に飛ばされたが、すぐに復活し、作戦課で「南進論」をぶって開戦へと突き進んだ。

 『ノモンハン 責任なき戦い』(講談社現代新書)は、その「ノモンハン」について、18年夏に「NHKスペシャル」で放送された同名番組をもとにした単行本だ。「Nスぺ」伝統の徹底取材で真相に迫っている。太平洋戦争の「失敗の序曲」とされるノモンハン事件。『なぜ必敗の戦争を始めたのか』と合わせて読むと、政府や軍部の呆れるような内情が分かり、理解が増す。

 先の戦争で戦ったのは兵士だけではない。総動員体制の中、国民の多くも戦争に協力することを強いられた。職場や学校、地域で多数の「銃後美談」が生まれ、戦意高揚に貢献し、戦地の兵士を励ました。その様子は、『みんなで戦争――銃後美談と動員のフォークロア』(青弓社)に詳しい。さらに、こうした美談づくりには、軍部の工作もあったことを教えるのが『抹殺された日本軍恤兵部の正体――この組織は何をし、なぜ忘れ去られたのか? 』(扶桑社新書)だ。

 もはやほとんど読める人のいない組織名「恤兵(じゅっぺい)」。物品または金銭を寄贈して戦地の兵士を慰めることだという。「戦地と銃後を結ぶ絆」を合言葉に、戦争を後方から支え続けた。恤兵にまつわる「美談」は戦前、新聞で盛んに取り上げられた。その仕掛け人が「日本軍恤兵部」だった。

 庶民の記録では、2390編の読者手記から編集した『戦中・戦後の暮しの記録』(暮しの手帖社)の第2集と第3集が出た。前年の第1集と合わせて三部作シリーズが完結した。

ユニークな経歴の著者も

 「銃後美談」とは逆の戦前の裏面史を教えてくれるのは『戦前不敬発言大全』(パブリブ刊)だ。サブタイトルがすごい。「落書き・ビラ・投書・怪文書で見る反天皇制・反皇室・反ヒロヒト的言説」。国民が「挙国一致」で戦争に協力していたと思いきや、水面下で不満が鬱積していたということを、多数の「不敬罪」の摘発事例からあぶりだす。

 特高警察の内部回覧誌「特高月報」や内務省警保局の「社会運動の記録」、憲兵隊による調査記録などをもとに、昭和12年から19年までの主要な事例を年ごとに再構成して並べている。そこには、「皮肉にも権力の監視を通して、当時生きた市民の様々な姿が残っている」というわけだ。個々の事象には解説も付いているのでわかりやすい。本書は、歴史の表舞台には現れない戦前の名もなき庶民たちの、「声なき声」の集積だ。

 著者の高井ホアンさんは1994年生まれ。まだ25歳だ。日本人とパラグアイ人の混血(ハーフ)で埼玉県の大学でカリブ史を学んだ。戦前の庶民の不敬・反戦言動を知り、情報収集と発信を開始。ツイッターで「戦前の不敬・反戦発言Bot」などを運営しているのだという。

 同じく著者の経歴が変わっているのは、『文書・証言による日本軍「慰安婦」強制連行』(論創社)の編著者、保坂祐二さんだ。1956年、東京生まれ。東京大学工学部卒。高麗大学大学院博士課程修了。政治学博士。現在は、世宗大学教養学部教授、韓国独立記念館非常勤理事、世宗大学独島総合研究所所長。2003 年に韓国に帰化している。本書の原本は韓国で先に刊行済み。ただし、引用資料自体は大半が日本で閲覧できるものだ。

 このほか戦前の弾圧がらみでは『証言 治安維持法――「検挙者10万人の記録」が明かす真実』( NHK出版新書なども。ETV特集の単行本化だ。『草はらに葬られた記憶「日本特務」――日本人による「内モンゴル工作」とモンゴル人による「対日協力」の光と影』(関西学院大学出版会)は、モンゴル人研究者の著作。日本の特務機関による内モンゴル工作を扱っている。100年前の事件を掘り下げた『シベリア出兵――「住民虐殺戦争」の真相』(花伝社)なども刊行されている。

「事実を正確に知って欲しい」という思い

 戦後史に関わるものでもいくつかの労作があった。その中でイチオシは『内閣調査室秘録――戦後思想を動かした男』 (文春新書)だ。著者の志垣民郎さんは1922年生まれ。内閣情報調査室の前身、「内閣調査室」が1952(昭和27)年に室長以下わずか5人で創設されたときのメンバー。いわば「内調の生き字引」がベールに包まれた内調の裏面史を綴ったのが本書というわけだ。編集は全国紙論説委員の岸俊光さんが担当している。

 通常、この種の「秘密」は「墓場まで持っていく」などといわれがちだが、いまになって「内調裏面史」のような本書を刊行するのは、「世の中では内調を面白可笑しく取り上げて揶揄する傾向がある。しかし、創設以来のメンバーは自分であるから世間の皆に事実を正確に知って欲しい」という思いからだという。

 このところメディアで「内閣情報調査室」が様々な形で取り上げられ、映画「新聞記者」も主人公の1人が内閣情報調査室員という設定だ。本書ではその前身の「内閣調査室」が、主に保守の論者と接待などを通じて緊密な情報交換を続けつつ、世論工作を図ろうとしていたことがよくわかる。

 海外の現代史では、『独ソ戦――絶滅戦争の惨禍 』(岩波新書が評判になった。ヒトラーがなぜ対ソ戦に突き進んだのか、すんなり理解できる。日本は、ナチスドイツの勝利を前提に開戦に踏み切ったわけだから、日本の読者にも関係が深い内容だ。著者の大木毅さんは、本書について、「おそらくは、昭和前期の歴史をアクチュアルな政治問題として捉える日本人にとっても有益であるはずだ」と記している。岩波新書の中でも売り上げ上位をキープしているようだ。

 今年は東大安田講堂落城50年ということで関連本もいくつか。その中では『東大闘争 50年目のメモランダム--安田講堂、裁判、そして丸山眞男まで』(ウェイツ刊が記憶に残った。「全国模試2番、6番、15番たちの東大闘争」があけすけに語られていた。読み物としての面白さでは一昨年に出た『東大駒場全共闘 エリートたちの回転木馬』(白順社)と双璧だろう。

  • 書名 なぜ必敗の戦争を始めたのか
  • サブタイトル陸軍エリート将校反省会議
  • 監修・編集・著者名半藤一利 編・解説
  • 出版社名文藝春秋
 

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