読むべき本、見逃していない?

「お前ら! わしらをこんな体にしたのは、いったい誰なんだ!」

  • 書名 文書・証言による日本軍「慰安婦」強制連行
  • 監修・編集・著者名世宗大学独島総合研究所、保坂祐二 編著
  • 出版社名論創社
  • 出版年月日2019年8月29日
  • 定価本体2500円+税
  • 判型・ページ数四六判・259ページ
  • ISBN9784846018139

 はっきり言って、気が滅入るタイトルの本だ。『文書・証言による日本軍「慰安婦」強制連行』(論創社)。とりあえず手に取ってみた。主として「慰安婦」関連の公的文書や当事者の証言をもとにこの問題を解説している。読み進むにつれ、どんどん暗い気持ちになる。とはいえ、「負の歴史」から目をそらすのは良くないことだと改めて思った。

57の「文書」と20の「証言」を掲載

 本書は2018年に韓国で出版された『日本の慰安婦問題証拠資料集1』をもとにしている。慰安婦問題の重要文書約80についての解説・翻訳集だ。本書はそこからさらに資料を精選、新しい文書を追加し、日本の一般読者向けに編集している。「韓国発」だが、資料の大半は日本のもの。国立公文書館アジア歴史資料センター、外務省外交史料館、防衛省防衛研究所などの所蔵資料だ。日本の『政府調査「従軍慰安婦」関係資料集成』(龍渓書舎出版・全5巻)からの引用も多い。

 本書は以下の構成。各章で「文書」「証言」が明示されている。全部で57の「文書」と20の「証言」が掲載されている。

 「第一章 日中戦争と『慰安婦』動員の始まり」
 「第二章 『慰安婦』募集に関する内務省通牒と動員の実態」
 「第三章 なし崩しにされた『内務省通牒』」
 「第四章 『慰安婦』が性奴隷だった証拠」
 「第五章 兵士たちによる強姦と『慰安婦』暴行の記録」
 「第六章 『慰安婦』強制連行の実例」
 「第七章 日本軍『慰安婦』の実態」 

 本書によれば、日本が従軍慰安婦制度を本格化させたのは1937(昭和12)年の日中戦争以降だった。中国本土に本格的に攻め入り、版図を拡大する。兵士による中国人女性の強姦と性病の蔓延対策として、軍は慰安所をつくった。そこに一般人は立ち入ることができない。兵士専用の性処理場だ。

 中国での強姦については、昭和12(1937)年7月の支那事変の勃発から昭和14年末までの2年余りの間に、「軍法会議で処罰された者は、略奪・同強姦致死傷420、強姦・同致死傷311」。相当な数字だ。本書では被害届を出させないため、強姦後は殺すことが横行していたとの証言もある。これらを放置していては現地の民心がさらに離反するということもあり軍が慰安所開設に踏み切ったという。

警察は軍の慰安所開設を知らなかった

 もちろん、大っぴらにできる話ではない。本書を読むと、ある日を境に急に慰安所や慰安婦募集が公認されたのではなく、既成事実を積み重ねながら少しずつ事態が進んだ様子がわかる。

 たとえば当初は、群馬や茨城など全国あちこちの警察が、慰安婦の募集活動をしていた遊郭業者を摘発している。「上海で酌婦募集」と称しているが、実態として「醜業を目的としていることは明らか」。それを「軍の依頼があるように吹聴」しているのは「皇軍の威信をひどく失墜」「公序良俗に反する」として「厳に取り締まる」というわけだ。この段階では、警察は、実は軍が慰安所の設置に踏み切り、業者に慰安婦の募集を依頼していることを知らない。

 その後、38年2月、内務省から一定の条件のもとに「慰安婦動員」の許可をする「内務省通牒」が出る。3月には陸軍が、「募集方法が誘拐に類似して警察に検挙されて取調べを受ける者がいる」ことに神経をとがらせ、北支方面軍および中支那派遣軍参謀長宛てに指令を出す。「今後、このような募集などにおいては派遣軍が統制し、これを任せる人物の選定を周到にそして適切にし、その実施にあたっては、関係する地域の憲兵及び警察当局との連携を密にして軍の威信の維持のため、および社会問題上の手抜かりがないように配慮することを命により通牒する」(陸支密第七四五号)。

 とにかく「手抜かり」なきように、社会問題化させない形でやれというわけだ。「第三章 なし崩しにされた『内務省通牒』」では内務省の通牒が次第に骨抜きにされ、慰安婦募集がやりたい放題になっていく様子が記されている。

食堂の従業員のはずが慰安所

 「第六章」は「『慰安婦』強制連行の実例」。多くの証言をもとに報告されている。慰安婦本人の証言よりも、そこに居合わせた日本人によるものが多い。実際のところ、これはちょっとひどいな、問題だと思った日本人が当時、すでに少なくなかったことがうかがえる。

 まずは日本人と思われる慰安婦のケースから。日本のある地方から、「軍人の慰問」ということで中国に連れてこられた。仕事は「慰安婦」だった。騙されたと抵抗するが、借金がある。この女性から聞いた話を『体験記』に書き残しているのは、日本人の軍医。性病検診で必ず慰安婦とやりとりする立場だった。同情しながらも借金があるから仕方がないと記していた。

 中国・南寧で憲兵隊曹長をしていた日本人の記録もある。慰安所で働かされている朝鮮人について著書に書き残している。15、6歳から22、3歳までの十数人。「この少女らに売春をさせるのか、その心境を考えるとき、戦場の恥部をまざまざと見せつけられたような気がした」。いろいろ聞くと、もとの雇用契約では、中国の陸軍直轄の喫茶店や食堂で働くという話だった。来てみたら違った。仕事は慰安婦だった。一種の就職詐欺だ。前払金で縛られ、抜け出すことができない。

 慰安所でなじみになった朝鮮人女性から聞いた話を書き残している日本人兵士もいる。朝鮮の貧しい村で暮らしていたが、ある日、村長が来て両親に「軍の命令だ。お国への御奉公に、娘を差し出せ」。親は泣いてお目こぼしを訴えるが、村として人数を割り当てられているという。村長の背後には日本人の巡査が立っている。村から5人の娘がトラックに乗せられ、中国南部に送られた。

 読売新聞の従軍記者は、ビルマの慰安所のことを書いている。彼の相手になった朝鮮人女性は、東京の軍需工場で働くということで応募したが、船は東京には行かず、ビルマに連れてこられたという。記者は特別に慰安所に入れたらしい。

軍の関与はすべて本当のこと

 そういえば、評論家の小林秀雄も慰安所を経験していることを思い出した。1938年6月号の「文藝春秋」に「蘇州」という紀行文を載せた。その中で慰安所に登楼したくだりがある。「見学禁止」なので、実際に入るしかなかったのだ。しかし「皇軍の威信を毀損」「風俗紊乱」ということで削除になった。今は『小林秀雄全集』でもカットされたままだという。これは『空気の検閲 大日本帝国の表現規制』(光文社新書)に出ていた。

 本書には軍曹として満州チチハルにいた祖父の体験談を、孫が聞き取った記録も紹介されている。祖父は語る。「慰安婦強制と軍の関与はすべて本当のこと」「自分が所属していた宇都宮第五九連隊の中に、朝鮮人を連れてくる専門部隊があって、人数は数百人はいたと思う」「男はドカタなどの強制労働に、女は慰安婦にさせていた」。朝鮮人慰安婦は200人ぐらいいたそうだ。強制的にさせられていたから、皆泣いていたという。

 孫は祖父に「慰安婦強制は悪いことだとは思わなかったのか」と聞いている。祖父は「思わなかった。当時は、武力で相手国を倒して領土と資源を奪うこと、それが大日本帝国のため、お国のため、という考え方だった。...むしろこの女は日本の兵隊のために役立っているのだから良いことだと思った」「それに朝鮮は当時、日本の『属国』だったから、日本人は朝鮮人を一段下に見ていた、というより完全に奴隷扱いだった・・・だから慰安婦の強制性と旧日本軍の関与を認めた河野談話は正しい」。 

「皇軍100人に1人」の割合で慰安婦

 本書ではボルネオを占領した日本の南方総軍が台湾軍司令官に「慰安土人50人」を送るように要請したことも紹介している。当時の日本は台湾の土着民を「台湾土人」と呼んでいたから、この「慰安土人」は「台湾人」のことだという。

 戦争中の朝鮮や台湾についての日本人の見方や、女性の人権などについての考え方は、現在とは大きなずれがある。だから、にわかに理解しがたい。それに当時、「慰安所」「慰安婦」の存在や内情は、あまりあからさまにされていなかった。すなわち好ましいものではないという認識があったことが「文書」や「証言」からうかがえる。実は日本はすでに1925年、「醜業を行わせるための婦女売買禁止に関する国際条約」に加盟ずみ。そんなこともあり関係当局ではそれなりに神経を使い、「社会問題上の手抜かり」があってはならないとされていたのだろう。

 いったいどれくらいの慰安婦がいたのか。本書には、中国・武漢の部隊が「特殊慰安業務規定」で「皇軍100人に1人」の割合で慰安婦を配置していたことも出ている。

 「第七章」では、「『慰安婦』動員は軍の指示か、単なる要請か」「『慰安婦』動員は軍の強制か、女性たちの自発的参加か」「『慰安婦の強制連行はなかった』という言説はどう作り上げられるのか」などについて記されている。

 結局、慰安婦はどうなったか。様々な昭和体験を集めた『私の昭和史』(岩波新書)には中国戦線にいた陸軍少尉の証言が出ていた。終戦後まもなく、朝鮮人の元従軍慰安婦が、大変な剣幕で現地の将校宿舎に怒鳴り込んできたというのだ。「もうわしらは、お前たちの自由にはならんぞ!」。隊副官の指示で、この少尉が茶碗酒を飲ませてなだめたという。積年のうっ憤を吐き出すこの女性の怒りの声が同書に掲載されている。

 「お前ら! わしらをこんな体にしたのは、いったい誰なんだ! こんな体でどうして祖国へ帰れるかよ! エエッ! お前ら! いったいこれをどうしてくれるんだ!」

 「お前らは戦争に負けたが、それでもお前らには帰る国日本がある。それに比べ、朝鮮は一等国になったというが、わしらのような女に帰れる国がいったいどこにあるのか!」

 その怒りは、「河野談話」や「10億円基金」でも収まらず、あるいは慰安婦像の展示問題など形を変えながら、今も日本社会を揺さぶっているような気がした。

 本書の編著者、保坂祐二さんは1956年、東京生まれ。東京大学工学部卒。高麗大学大学院博士課程修了。政治学博士。 現、世宗大学教養学部教授、韓国独立記念館非常勤理事、世宗大学独島総合研究所所長。2003 年に韓国に帰化している。きわめて珍しい経歴だが、本書のもとになっている引用資料自体は大半が日本で閲覧できるものだ。

 BOOKウォッチでは関連で、『戦後日本の〈帝国〉経験』(青弓社)、『日本近現代史講義』 (中公新書)、『芸者と遊廓』(青史出版)、『妓生(キーセン)』(作品社)、『東京の下層社会』(ちくま学芸文庫)なども紹介済みだ。

                                                                                               

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