読むべき本、見逃していない?

「暮しの手帖」がNHKの背中を押した

なんにもなかった

 雑誌の企画が本になり、それがNHKの番組で取り上げられる。編集者としては、こんなに喜ばしく、誇らしいことはない。

 そんな「僥倖」に預かっているのが「暮しの手帖」だ。同誌の企画「戦中・戦後の暮しの記録」がNHKの「クローズアップ現代+」など看板番組を大きく後押しすることになったのだ。

『戦中・戦後の暮しの記録』シリーズが完成

 まずは「暮しの手帖」の特集の話から。創刊70周年を記念して2017年、「戦中・戦後の暮しの記録」を読者から募ったところ、なんと2390編もの手記が届いた。そこから150点ほどを選んで18年7月、第1集『戦中・戦後の暮しの記録――君と、これから生まれてくる君へ』として刊行した。翌8月には早々とNHKの「クローズアップ現代+」(クロ現)が紹介してくれた。

 その時の「クロ現」のタイトルは「#あちこちのすずさん」。「すずさん」というのは16年に公開され、大ヒットとなったアニメ映画「この世界の片隅で」(原作は漫画作品)の主人公の名だ。戦時中に結婚した「すずさん」が戦争の荒波に翻弄されながらもしっかり生き抜く姿を描いている。

 NHKの番組は、その「すずさん」に注目し、日本全国の「あちこちのすずさん」をテーマにしたもの。「8月」というタイミングで、戦争と、庶民の暮らしについて掘り起こした番組として放送した。そこで「暮しの手帖」の『戦中・戦後の暮しの記録』も紹介されたというわけだ。

位牌の年齢は妻27歳、長女4歳、長男2歳

 読者投稿をもとにした暮しの手帖の単行本は「第1集」だけにとどまらなかった。今年5月には第2集『戦争が立っていた――戦中・戦後の暮しの記録 拾遺集 戦中編』(54編収録)、そして7月に本書、第3集『なんにもなかった――戦中・戦後の暮しの記録 拾遺集 戦後編』(49編収録)も刊行、1年がかりで三部作が完成した。

 「第3集」は「戦後編」なので、直接の戦争体験者以外の投稿も多い。

 たとえば、都内に住む尾形道夫さん(67歳)。両親が相次いで亡くなり、徳島の実家の片付けをした。大半の家財道具は捨てた。仏壇を整理していたら、祖父母の位牌の裏からすすけた板切れが見つかった。書かれている文字を読んで声を失った。昭和21年に亡くなった3人の家族の名前が記された位牌だった。

 父は戦前に最初の結婚をし、旧満州で教員をしていた。位牌の年齢は数えで妻27歳、長女4歳、長男2歳・・・。いずれも敗戦翌年の引き揚げによる混乱の中で、若くして亡くなっていた。戦後再婚した母との間に生まれたのが尾形さんだった。

 父はどんな思いで三人を送り、その後の人生を生きて来たのか。父は再婚後、戦争当時の話を家族には一切言わなかった。

 仏壇の奥深いところに隠れていた位牌は、父の「心の闇」の深さを雄弁に物語る。

 尾形さんは父がよく「雪の降る町を」という歌を歌っていたことを思い出す。徳島では雪が降らない。父は満州で見た雪を、亡くなった家族たちと見た雪のことを思い出して歌っていたのではないか・・・。

NHKが電波でやり直す

 昨年の「クローズアップ現代+」は多くの反響があったようだ。NHKはその後、いちだんと「あちこちのすずさん」探しに力を入れる。そして、いくつかの番組を通じて「教えてください、戦時中の暮らし」の投稿募集キャンペーンを大々的に展開する。実際の体験者だけでなく、若い世代にも当時の暮らしのエピソードを祖父母や知人などから聞いて、SNSで投稿してもらうよう働きかけている。世代を超えて「戦争の記憶を語り継ぐきっかけになれば」というわけだ。

 それらをもとに今年8月10日には「NHKスペシャル」で「#あちこちのすずさん~戦争中の暮らしの記憶~(仮)」が再び特集されることになった。この番組にも、暮しの手帖は協力しているそうだ。「暮しの手帖」が雑誌としてやったことを、NHKが電波でやり直している感もある。

 それだけ「暮しの手帖」の「読者手記」にインパクトがあったということだろう。雑誌企画がNHKで取り上げられたというのは単なる「僥倖」ではなかったのだ。

「この日の後に生まれてくる人に」

 そもそも「暮しの手帖」のこの企画は1967年にさかのぼる。読者から「戦争中の暮しの記録」を募集し、同誌の68年8月号で特集した。90万部を売り尽くしたという大ヒット企画だった。翌年には書籍化され、ロングセラーになった。それをつくったのは、戦後史に残る名編集長、花森安治だ。

 今回の第3集にはその花森が68年版につづった「この日の後に生まれてくる人に」という一文が再録されている。一部を紹介しよう。

 「いま、君は、この一冊を、どの時代の、どこで読もうとしているのか、それはわからない。君が、この一冊を、どんな気持で読むだろうか、それもわからない」
 「しかし、君がなんとおもおうと、これが戦争なのだ。それを君に知ってもらいたくて、この貧しい一冊を、のこしてゆく」
 「できることなら、君もまた、君の後に生まれる者のために、この一冊を、たとえどんなにぼろぼろになっても、のこしておいてほしい。これが、この戦争を生きてきた者の一人としての、切なる願いである」

 戦争を知る花森から、戦争を知らない世代への「遺言」だ。いま読んでも、その心意気が分かる。「花森版」は保存版として現在も発売されている。本欄では「第1集」「第2集」を紹介済みだ。

 
  • 書名 なんにもなかった
  • サブタイトル戦中・戦後の暮しの記録 拾遺集 戦後編
  • 監修・編集・著者名暮しの手帖編集部 編
  • 出版社名暮しの手帖社
  • 出版年月日2019年7月17日
  • 定価本体1700円+税
  • 判型・ページ数A5判・238ページ
  • ISBN9784766002140

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