元徴用工訴訟問題やレーダー照射問題と日韓間の摩擦と緊張が高まる中、韓国でベストセラーになった本の邦訳が出たと聞いて、手にしたのが本書『82年生まれ、キム・ジヨン』(筑摩書房)だ。
2016年に韓国で出版されると、100万部を超す大ベストセラーとなり、映画化も決まったという。しかも女性差別をテーマにしたフェミニズム小説。韓国は日本より男尊女卑の弊が強いと聞いていたが、読みすすむうちに、あまりの差別の酷さに絶句し、女性の支持を集めた理由がわかった。
1982年生まれのキム・ジヨン、33歳の女性が主人公だ。3歳年上の夫のチョン・デヒョン氏と3年前に結婚し、女児を出産すると勤めていた小さな広告代理店を退職し、子育てに専念している。
日本のお盆にあたる秋夕(チュソク)の連休に、夫の実家へ家族で行ったときに事件は起きた。いつも夫の方へばかり里帰りすることにジヨンが不満を訴えたのだ。少し前から様子がおかしかったので、精神科医のカウンセリングを受けることになったが......。
以下はその記録という体裁になっている。ジヨンが生まれた1982年から現在の2016年まで、その生育と成長、教育、就職、恋愛、結婚が淡々と記述されていく。
2歳上の姉と5歳下の弟がいるが、弟だけが特別扱いされて育てられた。80年代には妊娠中の性の鑑別と女児の堕胎が大っぴらに行われた結果、90年代には三番目以降の子どもの出生比は男児が女児の二倍以上だった、というようなデータも本文に出てくる。弟と歳が離れているのはそのせいだ。
自分は働き、男兄弟の学費を支えた母親の話、予備校で男子生徒につきまとわれ具合が悪くなったこと、大学のサークルで女子学生は特別待遇されるかわりに何の責任も与えられないことへの不満、就職面接試験でのセクハラ、運よく入社した会社で同期の男性ばかりが特別なプロジェクトに選抜されたこと、夫の子育てへの無理解......、女性が人生で出会う困難と差別がいやと言うほど描かれる。
特に印象に残るのは、ジヨンが退職後に会社で盗撮事件が発覚し、男性社員がパニックになるというエピソードだ。著者のチョ・ナムジュさん(78年生まれ)は元放送作家で、日本版へのあとがきで「#MeToo運動」について触れている。韓国でも性暴力への告発が米国以上に進んでいるという。
解説の伊藤順子さんは、文在寅大統領の新政権発足以来、「#MeToo運動」は韓国で盛り上がり続け、検察、芸能界、政界、映画、演劇、文学など、「韓国社会のあらゆる分野を巻き込んだ」と書いている。
男女差別は日本と韓国とどちらがひどいのか、と比べるよりも、隣国の人々の等身大の暮らしが描かれていることに興味をひかれた。日本以上に厳しい大学入試、就職事情などの生きづらさから、韓国の若者は「HELL韓国」と自国を「地獄」に例えるという報道を聞くと、本書の記述が大げさとは思えなくなる。
精神科医のカウンセリングの記録という設定なので、変な文学くささは皆無で実に読みやすい。「韓国はけしからん」と思っている人も、本書を読めば、かの国の人々の姿とこころがじんわりと見えてくるのではないだろうか。けっして主義主張が先行したテーマ小説でないことは、最後まで読めばわかるだろう。
本欄では、訳者の斎藤真理子さんが訳した別の韓国小説『野蛮なアリスさん』も紹介済みだ。
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