本書『ベルリンは晴れているか』(筑摩書房)は、第160回直木賞候補となったが、惜しくも受賞を逸した。受賞作は真藤順丈氏の『宝島』。選評でも沖縄の基地問題へのアクチュアルな問題意識が評価された。となると、本書はどうか? と天邪鬼な気持ちが湧きあがり、読んでみた。
舞台は第二次大戦敗戦直後のドイツ。首都だったベルリンはアメリカ、ソ連、イギリス、フランスに共同統治されていた。主人公の少女アウグステは、家族を失い、米軍の食堂で働いていた。突然米軍憲兵隊に連行されたと思ったら、KGBの前身であるソ連のNKVD(内務人民委員部)のドブリギン大尉に引き渡される。彼女には恩人を殺害した容疑がかけられていた。
無実を証明するなら、ベルリン郊外のポツダムに行き、恩人の甥エーリヒを探せと命じられる。治安が悪く混乱状態にある中を移動するため、ユダヤ人の元俳優というカフカを相棒に向かうのだが、次から次と試練が待ち構えている。
70年以上も前のドイツのベルリンで起きた殺人事件の真相をさぐるミステリーということになるが、評者は正直言って、最初なかなか物語の中に入ることが出来なかった。ナチス・ドイツが崩壊し、がれきの山となったベルリン。その中での追跡行は、相当に資料を読み込み、綿密な取材に基づいていることは分かるが、なぜそうした物語を読まなければならないのか、その必然性を理解できなかったのだ。
物語は途中からナチス政権下の過去と交互に描かれる。彼女の一家が離散した理由にはナチスが台頭し、ユダヤ人が排斥されていった歴史があった。相棒のカフカはユダヤ人というふれこみで戦後好待遇を受けていたが、実はきっすいのドイツ人(アーリア系)だったことが分かる。なぜ彼はナチス・ドイツ時代から命の危険をかえりみず、ユダヤ人を演じていたのか。このあたりの事情が明かされる中盤から、ぐっと物語に引き込まれる。
連合国の三首脳が戦後処理について話し合ったポツダム会談。そして日本に向けた降伏勧告であるポツダム宣言と、ポツダムは日本人にとって忘れられない地名である。しかし、物語は一人も日本人が登場することなく進む。
物語のクライマックスはポツダム会談の直前と設定されている。ベルリンは共同統治され、米ソがまだ対立していなかった時期だ。著者が想定したトリックとストーリーが作動するには、ピンポイントでこの時期のベルリンしか、舞台はあり得なかったことが分かる。なぜナチス敗退後のベルリンを舞台に日本人がミステリーを書くのか? という疑問は、むしろ、ナチス敗退後のベルリンを舞台に、よくも日本人がミステリーを書いた、という賞賛に転換すべきだろう。本書を原作にしたハリウッド映画を見たいくらいだ。
著者の深緑野分氏は、1983年神奈川県生まれ。2015年の『戦場のコックたち』以来、2回目の直木賞候補となった。前回も海外が舞台だったため選考委員から否定的な声が目立った。しかし、本書は『このミステリーがすごい!2019年版』国内編で第2位、「週刊文春 2018年ミステリーベスト10」国内部門で第3位と高い評価を受けている。
カットバックの手法を採用した小説は多いが、本書ほど効果的な作品はないだろう。現在と過去の記述が際限なく近づいたときに明かされる真相に読者は驚愕する。直木賞の受賞は逸したが、ミステリーの傑作として長く読まれることは間違いない。
当サイトご覧の皆様!
おすすめの本を教えてください。
本のリクエスト承ります!
広告掲載をお考えの皆様!
BOOKウォッチで
「ホン」「モノ」「コト」の
PRしてみませんか?