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「百人一首」の謎に迫る

百人一首に絵はあったか

 百人一首のカルタを取る正月遊びは絶えて久しい。ただ記憶が語られるだけになった。その百人一首が謎に包まれているという。秀歌が必ずしも選ばれていない謎は、その中でも比較的知られている。ほかに、小倉山の山荘に飾るには多すぎる、といった実際的な疑問から、暗号が埋め込まれている、といううがった説まである。絵の存在もその一つで、成立当初は在ったのか、なかったのか。意見が分かれている。

 本書『百人一首に絵はあったか』(平凡社)は、絵の存在をメインに、数ある謎の先行研究を概観、評価。絵とテキスト両面から検討して一部に決着を付け、残る謎の解明へ道筋を展望する。

定家は『百人秀歌』もつくっていた

 著者の寺島さんは、その謎を解くのに最も適した立場にある人物の1人だろう。和歌、歌仙絵などが専門の国文学者で、武蔵野大特任教授だ。東京教育大を卒業、東京医科歯科大教授などを経て国文学研究資料館の教授を歴任した。同館が取り組んだ、歌と絵、書の総合芸術としての歌仙絵作品研究では代表者を務めた。本書はその成果の一部だ。

 藤原定家(1162-1241年)が編集した『百人一首』(以下『一首』)は、同時代の秀歌撰2つと密接に関係する

 1つは、山荘の障子絵のテキスト版である『百人秀歌』(定家編集、以下『秀歌』)。101人の101首が収録され、97首が『一首』と同じだ。もう1つは、定家の歌のライバル後鳥羽院(1180-1239年)による『時代不同歌合』(以下『不同歌』)だ。採用の歌人は3分の2が『一首』と一致する。

 『一首』に絵がなかったと言われるのは、鎌倉初期の成立なのに室町以前の絵が未発見であるためだ。寺島さんは本書で、当初から絵はあったと推論する。『一首』を作ろうとした動機を『不同歌』に求めるためだ。

 『不同歌』は百人の歌仙をペアに組み、作品を併せ読ませて新たな世界を創造するのが狙いで、添えられる歌仙絵は創られた世界を強調する斬新な仕掛けだった。定家は歌仙の組み合わせに不満を持ち、そこに制作意欲を駆り立てられた。このため、『一首』は、制作の動機に歌仙絵が不可欠だったと見る。根拠は定家の日記(『明月記』)にある記述や後世の定家嫡流による歌学書『井蛙抄』にある証言だ。

 このほか

・山荘の障子絵と『不同歌』の歌仙絵を描いたのが藤原信実である可能性が高かったことが『明月記』などの記述で分かっている
・先行研究で、『一首』だけに採用されている貞信公の歌が添えられた歌仙絵が『俊成本歌仙絵』の中に見つかっていて、ポーズが後世に描き継がれた百人一首絵の一部と共通するなどのため、初期百人一首絵の可能性が高い

 以上2点も、最初から絵があったことを補強するデータだとしている。

古文再入門に導く

 『一首』と『秀歌』の成立順や、秀歌が選ばれていないことについての謎解きも重要だ。本書ではむしろこちらの方がエキサイティングだ。

 『一首』は一首ずつ時代順に並ぶのに対し、『秀歌』では2首で1組の構成になっている。寺島さんは両選集が同じ歌人から成る5群を形成し、両歌集の歌人の順序の異なりも群を逸脱してないことに着目。詳細な検討を加え、単純な時代順配列と見られていた『一首』にも2首1組の構造を見い出した。関連して、『一首』にだけ後鳥羽院・順徳院の歌がある理由も5群構成とした事情から解き明かしている。

 ここでは詳しくは触れないが、この謎解きは、秀歌が選ばれていない謎に通じる。秀歌かどうか、とりわけ論じられてきた公任歌がテーマだ。『秀歌』で組になる「滝の音は絶えて久しくなりぬれど 名こそ流れてなほとまりけれ」(一首では「聞こえけれ」)と清少納言歌の分析がカギとなり、『秀歌』が『一首』に先行して成立したことを導いている。

 『百人一首』の暗記は評者の高校1年の冬休みの宿題だった。それを怠ったばかりに、古文には疎遠だった。それでも古文再入門を願うなら、本書は格好の手がかりになるだろう。

 『百人一首』の謎を扱った類書は多数ある。『島津忠夫著作集第8巻百人一首論考』(和泉書院)、『歌仙絵・百人一首絵』(森暢、角川書店)など。

  • 書名 百人一首に絵はあったか
  • サブタイトル定家が目指した秀歌撰
  • 監修・編集・著者名寺島恒世 著
  • 出版社名平凡社
  • 出版年月日2018年11月15日
  • 定価本体1000円+税
  • 判型・ページ数A5判・100ページ
  • ISBN9784582364569
 

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