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"折り紙辞典"でもある青春ラブストーリー

この青い空で君をつつもう

 書籍の帯に付くコピーは何割か盛られていることが多い気がするが、瀬名秀明さんの本書『この青い空で君をつつもう』(双葉文庫)はその逆だった。「最後の最後で涙する青春ラブストーリー」――。確かにそうだが、本書は「世界にも珍しい『折り紙小説』」という異色の青春小説である。

ありがちな青春ラブストーリーではない

 著者の瀬名秀明さんは、1968年静岡県生まれ。東北大学大学院薬学研究科(博士課程)修了。薬学博士。東北大学薬学部研究生、宮城大学看護学部講師、東北大学機械系特任教授を歴任。95年『パラサイト・イヴ』で第2回日本ホラー小説大賞を受賞し、デビュー。98年『BRAIN VALLEY』で第19回日本SF大賞を受賞。SFやミステリー小説を発表するとともに、ロボットや生命科学の分野でも活躍している。

 著者の経歴から、本書はありがちな青春ラブストーリーの類ではないことが予想される。本書は2016年に単行本として刊行され、今年(2020年)文庫化されたもの。物語のあらすじは以下のとおり。

 主人公・藤枝早季子は高校二年生。幼い頃に父を、小学生の頃に祖父を亡くした。静岡市で60年近く続く和紙店を営む実家で、母と暮らしている。

 12月23日、早季子のもとに宛名だけが印字された郵便はがきが届く。クリスマスの朝、早季子は信じがたい光景を目の当たりにする。机に置いておいたはずの郵便はがきが、折り紙のように「猿」のかたちになっていたのだ。早季子はその「猿」に見覚えがあった。10カ月前に難病のため亡くなった同級生・望月和志が折った「猿」ではないか――。早季子は震えた声で言う。

 「死んだ人が会いに来るなんて、そんなことは信じない。だから、望月くん、ここにいるの、なんて訊かないよ。だから、早く、種明かしをして」

 本書は「第一章 過去を繋ぎ留める」「第二章 いまを歩み行く」「第三章 明日をつつみ抱く」の構成。折り紙、大切な人との別れをテーマに、恋愛、友情、部活、学校祭、甲子園、大学受験など、高校時代のすべてが詰まっている。早季子の高校三年間をいくつもの時期に切り分け、行ったり来たりしながら進行していく。ちなみに、物語の舞台となる静岡市は著者の故郷であり、ローカルな固有名詞が次々と登場する。

尋常ではない"折り紙ぶり"

 本書はなかなかむずかしい小説、と率直に思った。その理由は、進行が時系列ではないこと、ファンタジックな場面が多いこと、折り紙の描写が専門的過ぎること。折り紙作家・西川誠司さんは「解説」にこう書いている。

 「この小説の"折り紙ぶり"は尋常ではありません。(中略)全ページの概ね60%に折り紙に関連する単語が出てくる凄まじさです。アートであり、科学でもある折り紙の様々な側面が語られ、もはや"折り紙辞典"の様相です。(中略)私のシナプスは連続的に発火して、ストーリーを追うためには敢えて反応しないように心がける必要があるほどでした」

 折り紙をろくに折れない評者は、ストーリーを追うためには難解な折り紙の描写でつっかからないように心がける必要があった。どんな物事もちょっと深入りすると、想像以上の奥行きが広がっていて驚くことは多い。本書に書き尽くされた奥深い折り紙の世界に圧倒される。

 「折り手はそこにある本当の姿を花開かせる、触媒のようなものかもしれない」
 「最終的なかたちをイメージしつつ、素材の伸びやかさと一体になって初めて、自分の予想を超えた躍動が現れる」

 ところで、折り紙が誰の手にもよらずに折られる冒頭の現象は一体何なのだろうか。やや混乱気味に読み進めていくと、終盤にようやく謎が明かされる。著者のアカデミックな側面が存分に発揮され、文筆以外に専門分野を持つ作家の面白さを感じた。

「あのとき思いもしなかった」

 最後にもう一つのテーマ、大切な人との別れについて触れておきたい。

 和志は高校一年生の六月から欠席が長引くようになり、二月に亡くなった。早季子と和志がともに過ごした時間は短く、交わした会話も多くない。和志の死後、彼が残した折り紙をきっかけに、早季子は二人の出会いに遡って回想していく。過去・現在を超えて、早季子は和志への恋心を自覚するようになる。夏期講習の日、早季子は入院していたはずの和志と一度だけ顔を合わせたことがあったが――。

 「そのときでさえ、自分はちゃんと彼と向き合おうとしなかった。(中略)彼が半年後に死ぬなどとは、あのとき思いもしなかった」
 「だから人は後悔する。あのときこうすればよかった。もっと早く気づけばよかった。もっと何かできたはずなのに」

 早季子の父、祖父、和志など、本書には多くの死が描かれている。また、早季子は「東日本大震災から復興した場所で自分を伸ばしてみたい」と、東北の国立大学への進学を目指す。仙台市の自宅で東日本大震災に遭ったという著者自身の体験が、色濃く反映されているのだろう。

 「これまでたくさんの人がいなくなった。自分と繋がっていた、たくさんの人が。だからもうこれ以上は自分をごまかしたくない」
 「懐かしいと思う気持ちも、いまも繋がっていると感じる気持ちも、誰もが持っている未来への希望だ。(中略)いまここにあるすべての瞬間は、和志のあの一年間を輝かせてゆく」

 「思いもしなかった」「こうすればよかった」という後悔は一生ついて回るものなのだろう。それでも、いまこの瞬間を大切に生きていれば、亡くした人との関係に新たな意味を持たせたり、繋がりを強くしたりすることができる。本書は"折り紙辞典"であるとともに、喪失を希望にかえる物語だ。

  • 書名 この青い空で君をつつもう
  • 監修・編集・著者名瀬名 秀明 著
  • 出版社名株式会社双葉社
  • 出版年月日2020年3月15日
  • 定価本体680円+税
  • 判型・ページ数A6判・364ページ
  • ISBN9784575523263

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