読むべき本、見逃していない?

一人でも多く読んでほしい、復刊した恋愛小説

水曜の朝、午前三時

 「胸の内に他の誰かを思い描かない既婚者などいるはずがない」――。密かに胸にしまいこんでいた想いに突如として光を当てられたかのような、なんともドキッとする一文が帯にある。

 蓮見圭一さんの本書『水曜の朝、午前三時』(河出文庫)は、自分の「忘れられない人」と「選択しなかったもう一つの人生」に思いを馳せながら読むフィクション。恋愛の枠を超えて人生をテーマにした作品と言える。

 評者は読み始めた直後から、本書が放つノスタルジックな空気にすっかり魅了された。じっくり読み返したい、大切に手元に置いておきたい、紹介するにあたっては慎重に......という思いがこみ上げてきた。

「手に入らないのはあまりに惜しい!」

 帯には「切ない恋を描いた大ベストセラーが、今、再び売れています」とある。本作は2001年に新潮社より単行本、05年に新潮文庫として刊行された。本書はそれを加筆修正し、17年に河出文庫として復刊されたものであり、現在も版を重ねている。

 河出書房新社の担当者によると、刊行直後はあまり話題にならなかった、熱意ある一人の書店員が根気強く売り続け、そこから火がつき時間をかけて全国に広がった、児玉清さんの「こんな恋愛小説を待ち焦がれていた。わたしは、飛行機のなかで、涙がとまらなくなった...」という帯のコメントによりさらに売り上げが伸びたという。

 その担当者が本作の存在を知り読んでみようとしたところ、絶版で新刊は手に入らなかった。なんとか1冊探し出して読んだところ「もう本っ当に素晴らしい小説で、圧倒されてしまいました」。そして「こんな素晴らしい作品が手に入らないのはあまりに惜しい!」という思いで、なんとか復刊にこぎつけたという。

 一度は絶版になったものの、約20年前の作品が今も多くの人に読み継がれている。これだから本との出会いはわからない。本書のように、心を動かされる名著がまだまだどこかに潜んでいると思うとわくわくする。

病床で吹き込んだテープを起こしたもの

 まず、本書の設定に触れておこう。これは「四条直美という女性が病床で吹き込んだ四巻のテープを起こしたもの」である。翻訳家・詩人の直美は1992年の年明けに脳腫瘍の告知を受け、国立がんセンターに入院し、その年の秋に45歳で亡くなった。直美の娘・葉子に送られたテープを、葉子の夫である僕が読者に紹介するという形をとっている。

 本書の大半を占める約270ページが、直美のテープを起こした部分にあてられている。直美の人生を追体験している感覚になるほど、生い立ちにはじまりすべてが事細かに語られている。テープの内容をひと言でまとめると、1970年の大阪万博で働いていた23歳の直美と、将来が有望視されていたエリート学生・臼井との叶わぬ恋とその後の20数年、ということになる。

 1970年3月15日、「人類の進歩と調和」を謳った日本万国博覧会が開幕した。ホステスとして働いていた直美は、臼井と出会ったときのことをこう回想している。

 「人生は宝探しに似ている、とある人が書いている。......あなたにもこの言葉を噛みしめてほしい。宝物である以上、そう簡単に見つけられるものではないかもしれない。......私は臼井さんを知りたいと思った。......そして彼にも、私という人間がいることを知ってほしかった。それは十代の頃に経験した闇雲なひと目惚れとは違う、とても不思議な感覚でした」

 臼井は「不思議な人」だった。多くの人がその不思議の理由を知ろうと近づいて来ても、臼井は他人と打ち解けることがほとんどなかった。彼は一体何者なのだろう? 周囲にそう感じさせる部分があり、それが彼をますます引き立たせていたように思う、と直美は考察している。直美の鋭い観察眼と丁寧な描写により、臼井の人物像をはじめ、当時の様子がリアルに浮かび上がってくる。

真に迫るものがある

 やがて直美と臼井は恋仲になる。しかし、臼井に関する思いもよらぬ事実が判明する。直美は驚きよりもむしろ恐怖を感じ、「ビルも万博も京都の街も、何もかもを無にしてしまうような大地震を。身勝手にも、それで死んでしまえれば自分はどれだけ楽だろうか」と思った。

 結局、直美と臼井は結ばれることはなく、直美は別の男性と結婚し、葉子を出産した。直美は葉子に対して、忘れられない人がいること、夫は「ちょうどいい時期に、ちょうどいい場所にいてくれた人だった」と正直に語っている。

 「どれほど多くの人が、この同じ苦しみを抱えているのだろう? そんな降って湧いたような疑問にも、私はあっさりと答えを出していました。結婚している人の数だけ、と。程度の差こそあれ、胸の内に他の誰かを思い描かない既婚者などいるはずがない」

 テープが終わる直前、直美から葉子への最後のメッセージがある。直美が45年という短い人生を、激しく、真っ直ぐ生き抜いたことがわかる。本書はフィクションであり、今から28年前にテープに吹き込まれたものという設定でありながら、生身の人間の声を聞いているかのような真に迫るものがあった。

 「もしかしたら有り得たかもしれないもう一つの人生、そのことを考えなかった日は一日もありませんでした――」

 読み終えたとき、直美のこの台詞が心に重く響いた。

 著者の蓮見圭一さんは、1959年秋田市生まれ。立教大学卒業後、新聞社、出版社に勤務。2001年に刊行したデビュー作『水曜の朝、午前三時』が各紙誌で絶賛され、ベストセラーになる。

  • 書名 水曜の朝、午前三時
  • 監修・編集・著者名蓮見 圭一 著
  • 出版社名株式会社河出書房新社
  • 出版年月日2017年11月20日
  • 定価本体640円+税
  • 判型・ページ数文庫判・312ページ
  • ISBN9784309415741

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