昨年(2018年)刊行された村山由佳さんの『はつ恋』(ポプラ社)は、村山さんの作家デビュー25周年記念小説。20万人が購読する50代からの女性誌「ハルメク」(2017年5月号から2018年10月号)に連載され、幅広い年代の女性読者から支持を得た。
本欄では、村山さんの『ダブル・ファンタジー』や『ミルク・アンド・ハニー』を紹介した。過激な性愛の描写を記憶しているが、本書はまったく様子が違った。帯には「小説家が25年をかけて到達した、恋愛文学の至芸。」とある。村山さんの紡ぎだす新たな男女、恋愛の世界を味わうことができる。
小説家のハナは、千葉県南房総の海のそばにある日本家屋で愛猫と暮らしている。二度の離婚経験がある。ハナは「かなりの恋愛体質」で「ずっと恋人気分を味わっていたい性分」だが、「生まれて半世紀になんなんとしている女がそんな願いを口にしたところで薄ら寒いばかりだ。...これからは、ひとりの時間をどれだけ豊かにするかを考えていこう」と思い、南房総に移り住んだ。
トキヲは、一人親方として地元大阪を基盤に働いている。40代半ば過ぎで、前の結婚で授かった19の娘と70を過ぎた母親がいる。
ハナとトキヲは、子どもの頃隣同士の家に住み、姉弟のようにして育った。38年ぶりに再会し、二人は恋人となった。
本書は「卯月~花の名前」「皐月~遠くのひと」「水無月~虹色の雨」「文月~打ち水のあと」「葉月~空に咲く花」「長月~ひとりの夜」「神無月~金色の香り」「霜月~最後の日々」「師走~月に祈る」「睦月~この年に」「如月~いつかのこと」「弥生~爛漫」「後悔」「爆発」「初恋」から成る。ハナとトキヲの大人の恋愛、南房総の草花、それらの描写が時間とともに美しく流れていく。
ハナに村山さんを重ね合わせて読んでしまうのは、おそらく評者だけではないだろう。小説家、東京から離れた暮らし(村山さんはかつて房総に住んでおり、現在は軽井沢在住)、猫を飼っている、年齢、離婚歴など共通点が多い。小説を読みながら、村山さん自身を深く知っていくようで、読んでいてドキッとしてしまう。
衝撃の展開、大事件がいつ起きるかと期待したが、本書はそれらと一線を画していた。姉と弟のように育ったハナとトキヲが、人生の山も谷も越えてから再会し、まるで初恋のように瑞々しい恋愛をする。
「<終わらない>と感じるし、終わらせないための努力をするであろう自分自身を信じられる。こんなことは初めてだ。そうして遅ればせに花ひらいた感情を、何という名前で呼べばいいのかわからない」
ハナの恋愛観、人生観、さらに作家としての考え方は、そのまま村山さん自身のものだろうかと想像した。小説を執筆することについてはこう綴っている。
「どんなに冷静に俯瞰しながら書こうとしても、心の奥底にたまった汚泥までもさらうようにしながら書き進むうち、うっかりと、いちばん見せたくなかったはずの自分の一部をさらけ出してしまうことがある。......小説こそは魔物であり、書き手すらも気づかないところで<ほんとうのこと>になりうるのだ」
静かに、淡々と、しかし実感のこもった言葉に惹きつけられ、何度も読み返したくなる。本書はまさに、作家生活25周年を迎えた村山さんの集大成となる作品だ。
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