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ヒトの身体は「設計ミス」だらけだった

残酷な進化論

 人間は地球上でもっとも進化し、成功した生物である――私たちはつい、そう思いがちだが、分子古生物学を専門とし、東大総合研究博物館研究事業協力者である著者の更科功さんは必ずしもそうではないという。多くの致命的欠点があるからだ。

カエルやトカゲより劣る

 たとえば、心臓。直立二足歩行のため、四つん這いのカエルやトカゲより高い血圧で心臓から血液を送り出している。さらに、カエルやトカゲの心臓は内部の血液から酸素を受け取ることができるのに対し、筋肉質なヒトの心臓は外にある冠状動脈からしか酸素を受け取れない。冠状動脈の血管は細くて詰まりやすい上に、心臓が収縮すると冠状動脈もつぶれ、血液が十分流れない。

 激しい運動をしているとき、「つまり、心臓が最も酸素を必要にしている時に、十分な酸素を受け取ることができない構造になっているのだ。運動中に狭心症を起こしやすいのはそのためである」。このため、ヒトの心臓の冠状動脈は進化上の設計ミスだと言われることがあるという。

 本書『残酷な進化論』(NHK出版新書)全13章の中で、評者が面白いと思ったのは、「4章 ヒトと腸内細菌の微妙な関係」だ。ヒトは約40兆個の細胞でできているが、腸内細菌ははるかに多く約1000兆個。両者は一応仲よしの共生関係とされている。

 しかしヒトは、胃や小腸などの消化管内では、デンプンもタンパクも最終的に吸収できる形にまでは分解しない。小腸の粘膜で吸収する最後の瞬間に単糖類やアミノ酸に分解して吸収している。その理由は、どうやら、腸内細菌に横取りされないようにするためらしいというのだ。腸内細菌も、単糖類、アミノ酸を栄養源としている。消化管内でそこまで分解してしまうと、ヒトの小腸が吸収する前に、腸内細菌にごっそり持っていかれてしまいかねない。細かいところでは競争しているのだ。

 「第7章 腰痛は人類の宿命だけれど」も、興味深かった。地球上で種として最も多い動物は昆虫だが、種数は少ないとしても、重さでいえば脊椎動物の方が多いという推定があるという。脊椎と言えば体を支える骨を思い浮かべる。脊椎がなければ立つことも歩くこともできない。

かつて脊椎動物はすべて魚だった

 しかし、脊椎動物が現れたのは5億年前のカンブリア紀。当時の脊椎動物はすべて魚だった。水中の魚にとって、体を支えることはさほど重要ではない。一方、骨の成分はリン酸カルシウムで、ヒトのカルシウムの99%は骨に含まれている。そこで、5億年前にできた骨はリン酸カルシウムの貯蔵庫だった可能性が高い、というわけだ。

 評者はかつて、そっくりな話を骨粗しょう症の専門家から聞いたことがある。ヒトの体は血液中のカルシウムを一定に保たなければならない。そのため、不足すると骨からカルシウムがバッと溶け出し、骨粗しょう症になるというのだ。日本人の栄養所要量で最も不足しているのもカルシウムなのだという。全く異なる分野の知識が、ピタッとはまる――読書の醍醐味の一つである。

 さて、日本人には少ないが、世の中には「ヒトのような完全な動物が偶然の進化でできるはずがない。何者か(おそらく神が)が一気に作ったと考える方が合理的=インテリジェントデザイン説」と主張する人たちがいる。

 しかし、この本を読めば、「もしそうなら、もっと上手に設計して欲しかった」と設計者(神)に文句の一つも言いたくなる。本書はすでにBOOKウォッチで紹介済みだが、別の視点から改めて取り上げた。

  • 書名 残酷な進化論
  • サブタイトルなぜ「私たち」は「不完全」なのか
  • 監修・編集・著者名更科功 著
  • 出版社名NHK出版
  • 出版年月日2019年10月10日
  • 定価本体800円+税
  • 判型・ページ数新書判・218ページ
  • ISBN9784140886045
 

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