11月に紹介した、毎日新聞の科学記者が著した『ゲノム編集の光と闇』では、最新のゲノム編集技術であるCRISPR-Cas9(クリスパー・キャス9)の開発とその仕組みに多くのページを割いていた。しかし、KDDI総合研究所リサーチフェローの本著者は、そうしたものはほとんど省き、「今、あらゆる分野にゲノム技術が奇跡を起こす!」とカバーの惹句にあるように、遺伝子技術の幅広い応用分野を紹介している。
本書『ゲノム革命がはじまる』(集英社新書)によると、ヒト受精卵に対するゲノム改変の研究では、中国の突出ぶりが目立つという。その背景には、「緩い規制環境のもと、AI(人工知能)やバイオなどハイテク産業で世界の覇権を握ろうという中国政府の後押し」があると著者は見ている。
昨年11月、体外受精させた受精卵の細胞にゲノム編集(遺伝子の一つを破壊)を施し、エイズウイルス感染に抵抗性をもたせた双子の赤ちゃんを誕生させたとして、国際的な非難を浴びた南方科技大学の賀・副教授の事件もこの延長線上にあると見ている。
中国政府は国際的な批判を受け、あわててヒト受精卵のゲノム編集に対する規制を強化した。しかし、11月に開かれた日本学術会議のフォーラムで評者が聴いて驚いたのは、今年9月までに世界中で報告されたヒト受精卵のゲノム編集研究13件のうち、11件が中国の大学、研究所によって行われたものだったということだ。
犯罪捜査でもゲノム革命が起きていることは、テレビドラマを見ていても分かる。ちょっと前までは、「グラスなどに付いた指紋」が犯人推定の根拠だったのが、最近は「グラスに付いた唾液のDNA解析」に変わっている。
本書によると、中国四川省やイスラム教徒の多い自治区、北朝鮮との国境付近の町などでは、警察が住民の唾液や血液を有無をいわせず採取してDNAデータを集めているという。ウォールストリート・ジャーナルによれば、中国政府は2020年までに1億人のDNAデータを集める計画を進めているという。米国の大学教授は「DNAデータベースと顔認識システムを組み合わせ、デジタル全体主義国家を建設するつもりなのだ」と指摘しているという。
ゲノム編集に話を戻そう。日本だけでなく世界中で野菜や家畜、魚などにゲノム編集を施して新製品の開発をしている。日本では肉厚の真鯛(京大、近畿大が開発)、血圧降下作用があるとされるアミノ酸のGABA成分の多いトマト(筑波大)などが知られている。これらは、遺伝子組み換え食品によく似ている。しかし、遺伝子組み換え食品が、本来持っていない遺伝子を人工的につけ加えたものなのに対し、最近のゲノム編集食品は、本来ある遺伝子の一部を壊しただけというものが多い。
遺伝子の一部が壊れることは、自然界でも突然変異としてよくおこる。このため、米国では、「ノックアウト(遺伝子の一部を壊して機能させなくすること)したゲノム編集食品には、遺伝子組み換え食品のような特別の表示は不要」とされた。日本の厚生労働省もこれに倣った。
遺伝子組み換え食品は、各国の消費者の激しい抵抗にあい、表示が義務付けられた。ゲノム編集食品ではその轍を踏まないように、ということなのだろう。しかし著者は「消費者がこれを黙って受け入れることはないのでは」と見ている。
遺伝子解析、ゲノム編集......日々の生活とは関係ないと思われる向きが多いだろう。しかし、食べ物、医療、犯罪捜査、国家管理などと深く関係しており、無関心でいてはならないと気づかせてくれる1冊である。
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