本書『紙鑑定士の事件ファイル』(宝島社)は、第18回『このミステリーがすごい!』大賞の受賞作。紙鑑定士と言っても実態は、紙の販売代理業を西新宿で営む主人公・渡部のもとに、「こちらは<渡辺探偵事務所>じゃなかったですか。何でも解決してくれる神探偵さんがいるって聞きましたけど」と一人の女性がやってくる。この書き出しに「にやり」とするミステリーファンもいるだろう。直木賞作家・原尞の私立探偵・沢崎シリーズの事務所が、西新宿の渡辺探偵事務所であり、いつも奇妙な依頼で幕を開けるからだ。
女性は彼氏の浮気調査をしてほしいという。手がかりはピンボケしたプラモデルの写真一枚。渡部は以前いた会社の得意先の出版社が模型専門誌を発行していたことを思い出し、その伝手で伝説のプロモデラー・土生井(はぶい)に出会う。
戦車が2台並んだジオラマの写真から、土生井はみごとな推理を展開、一件落着したところへ、次の依頼者が現れる。「行方不明になった妹を探してほしい」と、妹の部屋にあった家のジオラマを持って訪ねてきたのだ。
紙の専門家である渡部と模型の専門家である土生井がタッグを組み、事件の謎に挑む。スマホは持っているものの使い方を知らない土生井に、渡部がツイッターやLINE、画像検索、ストリートビューを教え、手がかりをつかんでいく。
やがて、そのジオラマが大量殺人を示唆するものであることに気づいた渡部は、東北の被災地へ向かう。そこで見たものは......。
著者の歌田年さんは、1963年生まれ。明治大学文学部を卒業、出版社勤務を経て、現在はフリー編集者、プラモデル造形家。
実は、渡部と土生井は歌田さんの分身でもある。歌田さんは出版社で25年間、模型雑誌の編集を担当し、ときには自ら模型をつくることもあった。その後、印刷用紙を調達する生産管理部に異動した。だから「模型」と「紙」の専門家だったのだ。
本書のつくりも少し凝っている。見返しには、カバー、表紙、帯、本文などに使われている紙の種類が詳しく一覧になっている。本文は4種類の紙ということだが、素人には違いがまったく分からない。
また扉と本文の間には「警察署に届いた手紙」というメモ用紙が挟まっている。証拠品の手紙付きという「読者参加型ミステリー」と版元はうたっている。
紙と模型のうんちくが、きちんとミステリーの筋の解決に絡んでいるので、最後まで飽きない。ジオラマにも兵器や鉄道、家などのジャンルがあり、ミニチュアハウスという分野があることも分かった。
歌田さんは「プラモデルの造形も小説の創作も私にとっては似ています。最初に大枠を決めて後から細かな描写を足し算していく作業です。これからもディテールにこだわった作品を生み出していきたいです」と話している。
プロモデラーとしての活動も行っており、2017年と19年にはオリジナル造形の個展も開いたという。
得意なもの、好きなことを仕事に生かせ、ということは多くのビジネス啓蒙書が説いていることだが、それを地でいく受賞であり、デビュー作の刊行となった。
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