そのケヤキは何百年も昔から、海の見える丘のうえにあった。ケヤキの巨木をはさんで2つの家があり、近所の人たちからは「風の丘の双子ハウス」と呼ばれていた。カイはその1つに住んでいた。
カイの両親は折り合いが悪かった。カイはそっと家を出て、ケヤキのところに行くと安心するのだった。カイが幼稚園の年長になる頃、空き家になっていた双子の家のかたわれに、ミノリが越してきた。カイの両親と同じく、ミノリの両親も喧嘩が絶えなかった。二人はケヤキのふもとに座り、よく話しをするようになった。
「わたしたちはお父さんやお母さんみたいな大人になるのはやめよう。ずっと仲よしでいようね」「おたがい大好きだけど...恋愛も結婚もしない」「わたしたちはどんな秘密もつくらない」というミノリの提案に、カイは、「人が必ず敗れ去る時間という難敵をあざむけるかもしれない」と感じた。
二人は中学、高校、大学へ進み、社会人になっても、恋愛や性体験の秘密を打ち明け合う関係が続いた。性に過剰なまでに貪欲なミノリが、数多の体験をカイに報告し、二人は歓喜する。恋人や結婚相手がいても、二人は互いを心のよりどころにする。カイとミノリの間に性的関係はないが、二人はそれ以上の強い絆を感じていた。
秘密を包み隠さず、誠実(オネスティ)でいることで、二人の世界は幸福に完結する。一方その誠実さは、二人の恋人や結婚相手にとっては残酷なものになる。
大切な人を失いたくないから、あえて近づき過ぎない。好きだからこそ恋愛、結婚、セックスしない。決して身体は交わらなくても、心は一つに固く結ばれている、不思議な男女の形を見た。愛する人を大切にする方法は、必ずしも直接的な結びつきだけではないのかもしれない。
著者の石田衣良は、1997年『池袋ウエストゲートパーク』でオール讀物推理小説新人賞を受賞し、デビュー。2003年『4TEEN フォーティーン』で直木賞。 本書『オネスティ』(集英社)は、15年1月に刊行された単行本を17年11月に文庫化したもの。
(BOOKウォッチ編集部 Yukako)
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