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芥川賞作家が高校・大学時代を鮮烈に描いた二編復刊

僕はかぐや姫/至高聖所(アバトーン)

 第161回芥川賞・直木賞が、昨日(7月17日)発表された。毎回、受賞した作家は一躍時の人となるが、歴代の受賞作を振り返る機会はあまりない。ただ、時代を経ても読者を揺さぶる作品を眠らせておくのは惜しい。

 そんな声が実際にあがったのか、第106回(1991年下半期)芥川賞受賞作「至高聖所」を含む松村栄子さんの二編が、本書『僕はかぐや姫/至高聖所(アバトーン)』(ポプラ文庫)として今年(2019年)復刊した。

四半世紀を経て待望の復刊

 本書の底本は、福武書店(現 ベネッセコーポレーション)の文庫レーベル・福武文庫より刊行された『僕はかぐや姫』(1993年)、『至高聖所』(1995年)。

 松村さんのデビュー作「僕はかぐや姫」は、帯に「少女たちの心を撃ちぬいた幻の名作」とあり、当時大きな反響があったことがうかがえる。2006年のセンター試験(現代文)の問題文に採用された際、主人公の少女が自身を「僕」と呼ぶことが学生の間で話題になったという。それを機に「読みたい」との声が多くあがったが、すでに絶版。このたび、芥川賞受賞作「至高聖所」とともに、実に四半世紀を経て待望の復刊を遂げたことになる。

 著者の松村栄子さんは、1961年静岡県生まれ、福島県育ち。筑波大学第二学群比較文化学類卒業。90年「僕はかぐや姫」で海燕新人文学賞、92年「至高聖所(アバトーン)」で芥川賞を受賞。「僕はかぐや姫」は松村さんの高校時代を、「至高聖所」は大学時代を反映している。現在、京都市在住。

<僕>でいたい17歳のゆらぎ

 物語の舞台は「建て前と建て前が交差する」伝統ある進学校。17歳の千田裕生(ちだひろみ)は<うつむく青年>役を自分に割り振っていた。校門へ続く道を「一様に黒い髪、黒い服、黒い鞄の集団が溢れるさまは異様な光景で...胸が悪くなりそう」になる。

 裕生は頭がきれるゆえか、何事も深く考え難しい捉え方をする。裕生の内面の描写は、何度か読み返す必要があった。

 裕生は17歳という年齢を「人生の特異点」と思っている。彼女は女子校の閉鎖された空間で「秒刻みで減りつつある自分の17歳の時間」を感じながら、確実に18歳に近づきつつある自身の存在をどう受け止めるべきか模索している。

「<僕>と書くとき、それは、ひとつの目、千田裕生の肉体やうっとうしい思惑を離れたひとつの魂の視点だった。透明な視点。何者でもない僕。...すべてを濾過するように<僕>になり、そうしたらひどく解放された気がした。...否定と拒絶からなる<僕>は、のびやかで透明だったけれど、虚ろに弱々しくもあった」

 理屈っぽく虚勢を張って見える裕生だが、「かぐや姫のように帰るところがあるならどんなにいいか」と本気で思っている。

「迎えに来るなら今よ。今来なければ間に合わないよ。普通のおとなになって、もう見分けがつかなくなってしまうよ。そこにいるのはわかっている。じっと僕を見ているのはわかっている。驚かないから迎えに来て」

 表紙に描かれているキリリとした視線を送る少女のように、本作品は終始鋭い文体で刺激が強め。クライマックスは最後の5ページ。裕生と、裕生の中にいる<僕>が対面する場面だ。ここで、裕生の持つ極端な強さと繊細さが溶け合う。ゆらぐ感情を巧みに捉え、読む者に訴えてかける文章は何度も読み返したくなる。

 松村さんは「あとがき」に「この古い作品が、今の十代、二十代のひとびとにどれほど通じるのか心もとないけれど、何か共通する空気を届けられたなら幸いだ」と書いている。四半世紀を経て、さらに17歳を20年過ぎた評者が読んでもこれほど強い跡を残すのだから、「共通する空気」は間違いなく届くはず。

  • 書名 僕はかぐや姫/至高聖所(アバトーン)
  • 監修・編集・著者名松村 栄子 著
  • 出版社名株式会社ポプラ社
  • 出版年月日2019年3月 5日
  • 定価本体640円+税
  • 判型・ページ数文庫判・210ページ
  • ISBN9784591162439
 

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