世界各地にまだ多数の少数民族がいる。アタマではわかっていても、実態についてはよく知らない人が多いのではないか。そんな人が本書『世界の少数民族』(日経ナショナルジオグラフィック社)を見ると、仰天するはずだ。ネットやスマホなしでは生きられない私たちと、まったく隔絶した独自の伝統と慣習の中で生きる民族があまりにもたくさんいることに。
類書は少なくないと思われるが、本書は大判で一冊にまとまっているので便利だ。立派なリビングルームがあるようなお宅の書棚に飾っておくと、インテリアにもなるのではないだろうか。
ざっと見たところ、中国の少数民族が多く出てくる。社会主義になって70年。ウイグル族やチベット族に対する強硬姿勢が世界的に批判を浴びることが多いが、建前上は少数民族の自治権を尊重し「自治県」を置いている。
中国には56の民族が暮らしている。とりわけ雲南省には25もいる。本書では同省や周辺から5つの民族が紹介されている。
まず貴州省の長角ミャオ族。5000人ほどの集団だ。ミャオ(苗)族は多数の亜集団に分かれており、その一つ。「長角」という名前は、女性たちが祖先の髪と自分の髪を合わせて編んだ独特の頭飾りに由来する。その写真が掲載されているが、頭部に巨大な黒い枕を載せているような感じ。どうしてこんなことをしているのか理解不能だ。
雲南省のモソ族やハニ族も変わっている。モソ族は母系制社会。家長を務めるのは母親の兄弟と姉妹。家名や資産は母方の家系に受け継がれる。婚姻形態は際立っておおらか。夫婦の同居に縛られていない。子どもたちの実の父親が誰なのかわからない場合もある。女性たちの多くは自信にあふれ、意識が高い。本書は「世界に別の可能性を示す社会システム」と記す。
ハニ族も女性がたくましい。ハニとは「強く荒々しい女性たち」という意味だという。こちらも母系社会。若い娘は肌をあらわにした衣装をまとっている。妻は、気に入れば誰とでも自由に性的な関係を持って構わない。「結婚している女性の左の乳房は夫のもの、右の乳房は世界のもの」といわれているそうだ。
インドの少数民族もいくつも取り上げられている。ボンダ族の女性は裸の上に直接マントを羽織っている。首にはアルミ製の大きな輪を何重にも巻き付けている。
東部のコニャック・ナガ族は戦闘的な民族だ。集落のそこかしこに部外者を拒むバリケードが設けられている。ここでは外の世界の法律は通用しない。若衆宿には多数の頭蓋骨が秘匿されている。過去の首狩りの戦利品だ。アヘンの煙がたちこめている。
南部の高地に住むトダ人は、水牛と暮らす。自分たちの土地で作った食材以外は口にしない。橋を渡ることは禁止され、対岸に行くときは必ず川の中を歩くか泳ぐ。あらゆる履物も禁止されている。
このほか本書では、インドネシア、モロッコ、アルメリア、エチオピア、パプアニューギニアなどの少数民族が登場する。いずれも独特の伝統や風習を守り、近代文明とは一線を画した生活を続けている。
本書の著者、イアゴ・コラッツアさんは写真家・ジャーナリスト・映画監督。120か国の取材経験があり、CNNなどのドキュメンタリー制作に従事している。もう一人の著者、グレタ・ローパさんは女性で作家、特派員。ファッションに詳しい。やはり世界100か国を回ってドキュメンタリーや写真集などを出版している。
少数民族について、戦後の日本人が再認識したのは、朝日新聞の本多勝一氏による「ニューギニア高地人」や「カナディアンエスキモー」の連載がきっかけだろう。その後、テレビでも盛んに同様の企画が登場するようになった。
本書は、ナショナルジオグラフィック社によるものだけあって、写真が美しい。グローバリズムの波に抗い、独自の文化を保つ民族や、外の世界との接触を最小限にとどめている民族など、いずれは消えてしまうかもしれない文化の今を丁寧にフォローしている。
日本人と多少なりとも接点がありそうな話も記憶に残った。パプアニューギニアのアサロ族は、彼らの歴史を長編の口伝で受け継いでいる。民族誕生の物語だ。この辺りは『古事記』の世界に通じると思った。似た話が『深層日本論』 (新潮新書)にも出ていたことを思い出す。中国・四川省の少数民族「イ族」では、創世神話「ネウォテイ」を唱えることができる男性が多い。固定歌詞5680句からなり、天地の誕生から始まり、人間の登場、イ族の系譜などさまざまな起源を物語る。私たちが未開・後進と考える民族も、記憶力については並外れていることがわかる。
本書に登場する中国のハニ族は、棚田で有名だという。卓越した農耕と土木技術を持ち、周囲の山々の斜面を田んぼに変えてきた。日本の棚田との近縁性に興味がわく。女系社会なので、こうした作業をリードしているのも女性だという。ひょっとしたら日本も似た歴史を経てきたのかもしれない、などと思った。
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