「本屋大賞」は知っていた。「全国書店員が選んだ いちばん! 売りたい本」であり、知名度も高い。一方で「静岡書店大賞(SST)」は知らなかった。昨年(2019年)12月に発表された「第8回静岡書店大賞(SST)」は、県内の書店員・図書館員計721人が数万タイトルの書籍から6作品を選んだという。
「静岡県独自のベストセラーを生むと同時に、多くの読者が書店に足を運び、静岡書店大賞フェアの本を手にとっていただくことを願うとともに、本県の読書推進活動の一助とならんことを期待します」(「静岡書店大賞」サイトより)
出版不況であろうとも、全国規模でなくとも、書籍をより多くの人の手に届ける活動がこうして地道に行われていることを知り、嬉しくなった。なお、対象は2019年8月末までの一年間に刊行された国内作品(児童書は翻訳作含む)。また、一般読者から受賞作の感想を募集する「読者レビューコンテスト」も行われたという。
ここでは、6作品の中から「映像化したい文庫部門」で大賞を受賞した、いぬじゅんさんの『この冬、いなくなる君へ』(ポプラ文庫ピュアフル)を紹介したい。
「衝撃のラストに大号泣!」「ラストのどんでん返しに、衝撃と驚愕が待ち受ける!」「切ない涙が温かな涙に変わる」と、やや大げさに感じられるコピーが並ぶ。ラストに予想外の展開が待ち受けていること、泣かされる可能性が高いことを知らされた上で、読者は読み始めることになる。
井久田菜摘、二十四歳。文具会社で働いている。職場では女性上司から毎日怒られ、家では母親からそろそろ結婚しなさいと急かされ、公私ともに八方ふさがり。菜摘はいつか自分の子どもと一緒に読もうと、小学六年生から日記をつけているが、最近はどれも子どもに見せられる中身ではなかった。
ある夜、菜摘が一人で残業中だったところに火事が発生する。体が熱く、痛みを感じ、ここで死ぬだろうと悟った菜摘はこう思う。
「こんな人生なら、もう一度違う人になってやり直したい。そのほうが、何倍も幸せだろうな......。今度こそ幸せな日記を綴れる人生を送りたい」
薄目を開けると、菜摘は別のビルの屋上にいて、菜摘がいたはずのビルは斜め向かいで燃え盛っていた。そして、目の前には若い男が立っていた。菜摘を助けた彼は「篤生(あつき)」と名乗り、菜摘の「守護神」であり「案内人」であるという。ここで、不吉とも希望ともとれる言葉が篤生から告げられる。
「君の人生は一旦終わった。......今日から生まれ変わるんだ。この冬、君は死ぬ運命だった。それを回避したことで、新しい人生が待っているだろう」
「今回の死を回避したとしても、それは執行猶予がついたようなものなんだ。六年後の十二月十五日、つまり二〇二五年の十二月十五日がタイムリミットになる。それまでの間、運命は幾度となく君に<死>を与えようとするだろう。それを自分の力で乗り切れば、晴れて君は自由の身になれる」
篤生は「また十二月に会いに来るよ」と言い残し、まるで風に溶けるように姿を消した。その後、篤生は毎年十二月になると現れ「この冬、君は死ぬ」と告げるとともに<死>を回避するためのヒントを与え、菜摘のもとから姿を消すのだった。
同僚の自殺未遂、友人の不倫の修羅場、母親の病気、父親の死など数々の困難に直面しつつ、「二十五歳」「二十六歳」「二十七歳」「二十八歳」「二十九歳」「三十歳」と菜摘は年齢を重ね、ついに「二〇二五年の十二月十五日」を迎える。
そもそも篤生は一体誰なのか? なぜ菜摘の運命を予言できるのか? 菜摘は何度<死>を回避できるのか? いくつもの疑問を抱きつつ、「衝撃のラスト」を迎える心の準備をしつつ、読み進めていった。
篤生の存在が物語の軸となっているが、評者の場合、菜摘をいびる女性上司に「こういう人いるな」、菜摘が思いを寄せる主任に「こんな素敵な男性がそばにいたら」、菜摘の父が末期ガンと宣告されてから死に向かう日々に「こうした時間が流れていくのか」と、職場、恋愛、家族といった菜摘の日常の描写に心が動かされた。ラストよりも菜摘の父の話に泣いた。
「生きる希望もなにもなかったあのころの絶望は、手のひらから砂がこぼれるようにすり抜けて消えてしまっている。逆に、この毎日を壊したくない、死にたくないという恐怖ばかりが大きい」
いよいよタイムリミットが迫る中、菜摘は生きたいと願うようになっていた。現実に篤生のような案内人は現れないが、ものの見方や考え方や行動を変えてみることで、未来を少しでも望む方向に動かせる気がした。
いぬじゅんさんは奈良県出身。2014年『いつか、眠りにつく日』(スターツ出版)で毎日新聞社&スターツ共催の第8回日本ケータイ小説大賞を受賞し、デビュー。
本書が「静岡書店大賞」を受賞したことを知り、書店に並ぶ書籍を眺めるだけではわからない、たくさんの人々の想いが一冊の本の裏側に潜んでいるのだなと改めて思う。
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