「女性の乳房はなぜ膨らんでいるのか」――。飲み屋の話題だったら、年配の男性ならきっとこう答える。「乳房は尻の代用で、向かい合ったときに男に尻を想起させるために進化した」。これはかつての世界的ベストセラー『裸のサル』を著したD・モリスの「臀部擬態」仮説で論じられ、広く知られることになった説でもある。しかし、本書によると臀部擬態仮説は「最も悪趣味なもの」で、「(科学的に)ありえない」と一蹴されてしまう。
実はこの"ヒトの女性の乳房問題"は進化生物学では未解決なのだ。授乳期以外のときでも乳房を膨らましたままの哺乳類はないからだ。いったいなぜ、ヒトの女性の乳房だけが常に膨らんでいるのか――。これまで「カロリー貯蔵」仮説、「詐欺」仮説、「正直な信号」仮説、「たくましい娘」など、いくつもの"仮説"が提示されたが、決定打が出ていないのだ。本書では、これまでになされた15の説を、進化生物学の立場で丁寧に検証し、そのそれぞれに反証を提示していく。
ちなみに著者が最も確からしいのではないかと考えるのは「ゴルディロックス」仮説。適齢期仮説と言い換えてもいい。乳房は、女性が将来どれだけ子孫を持ちうるかを現す"残存生殖価"を男性に示す信号であるというものだ。しかし、この説さえも著者は決定的説明には至っていないと冷静に分析している。
本書では、乳房以外に「月経」「排卵」「オーガズム」「閉経」といった、女性の体に関する進化生物学的に未解決の謎を取り上げている。著者はそのどれについても「乳房」同様、俗説から最新科学によってわかった説までを示し、それらを丁寧に検証していく。
第5章では、なぜ女性にオーガズムがあるのかという謎を検証している。この中で、ニホンザルのメスは交尾相手のオスの地位が高いほどオーガズムを得やすいという観察結果から導かれた仮説が紹介される。つまり、オーガズムの有無を評価基準として、その男性につがいとなる生物学的・社会的価値があるかを決めているというのだ。この説にはまだ反証がなく、事実なら世の男性にとっては怖い話だが、幸いなことに(?)まだ「決定打」とは言えないという。
著者が本書で行っているこの徹底的に検証する姿勢は、まさに科学の精神と言ってもいい。つまり、「どんなにおもしろくてもっともらしい物語も、確実な証拠によって支持されるまでは事実ではない。ただの物語に過ぎない」のだ。著者が読者に求めるのは、こうした仮説を「健全な不信の目」で眺めてもらいたいということだ。この精神は科学だけではなく、報道や裁判、そして日常生活でも非常に大切であることはいうまでもない。(BOOKウォッチ編集部 スズ)
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