最近は小学生でも全国模試があるらしい。大変な時代になったものだと思う。本書『神童は大人になってどうなったのか』(太田出版)は、伝説的な秀才たちのその後の人生をフォローしたものだ。現在、小・中・高校生で秀才と言われている子どもや、その親たちにとっては気になる本ではないだろうか。約3年前の刊行だが、コロナ禍で何かと先行きが不透明な時代だけに、参考になる話が出ているかもしれないと思い、手にしてみた。
灘や開成、麻布、ラサールなど名門校で伝説的と言われた子どもたちはどうなったのか。東大首席卒業した人は? 神童と呼ばれた人たちをできるかぎり追跡してみた――というのが本書の概要だ。
日銀総裁、元文部次官などの官僚、ノーベル賞受賞者、AV男優、数学オリンピック金賞、学者、マスコミ人、実業家、評論家、政治家、研究者、オウム真理教の信者、法律家、エンジニア・・・さまざまなその後の人生、有名人が登場する。
珍しいところではジャズピアニストの中島さち子さん。フェリス女学院高校の2年生のとき国際数学オリンピックに出場して金メダル。日本女性では唯一の金メダリストだという。東大理学部数学科に進んだが、大学でジャズ研究会に入り、音楽の道に転身してしまった。いわば「一人二役」「二生」の人だ。数学的なひらめきが、ジャズの即興でも生きていることだろう。
本書の登場人物の中で最高の神童と思われるのは、岡田康志さん。「神童ワールド」では知る人ぞ知る有名人だ。1968年生まれ。灘中学2年生のときに『大学への数学』に成績優秀者として掲載された。中3のときには駿台予備校の東大実戦模試で理Ⅲ合格A判定。その後、同模試で高1のときに2番、高2で1番。
当時の雑誌取材で、灘高の教師が語っている。「教員生活40年になりますが、彼のような生徒に出会ったのは初めて」。特に膨大な読書量で知られていた。灘中高時代に30万ページの読書をしたという伝説が残っているそうだ。現在は東大教授・理化学研究所生命システム研究センターのチームリーダーをしている。
そのほか多数の神童たちが登場する。
著者の小林哲夫さんは1960年生まれの教育ジャーナリスト。長年『大学ランキング』(朝日新聞出版)の編集を手がけ、受験の世界に詳しい。『高校紛争 1969-1970』(中公新書)、『東大合格高校盛衰史』(光文社新書)、『ニッポンの大学』(講談社現代新書)、『早慶MARCH 大学ブランド大激変』(朝日新書)、『シニア左翼とは何か』(朝日新書)などの著書がある。
上記の中島さんや岡田さんも含めて、本書の登場人物とは、過去の取材で実際に会っている人が少なくない。その時の印象なども含めながら、神童の秘密に迫っている。
本書は以下の構成。
第1章 わたしが会った神童たち 第2章 そもそも神童って何だろう 第3章 東大首席神童たちが社会貢献したこと 第4章 神童学者たちはなぜ国に背いたか 第5章 神童一族が社会に与えたインパクト 第6章 知を継承する神童学者の家系 第7章 残念な神童たち 第8章 神童を英才教育で鍛える 第9章 愛すべき神童たち
弁護士の山口真由さん、鳩山家に見る神童物語、片山さつき & 舛添要一など個別の事例も豊富だが、それだけにとどまらない。「頭がよい、勉強ができる、とはどういうことか」「ノーベル賞は神童の証しとなるか」「グローバル化で日本の神童はどうなるか」などについても記されている。
そうした中で、なかなか興味深かったのは「第8章」だ。日本政府が戦前に推進した英才教育について紹介されている。
1917年の教育改革で「飛び級制度」が生まれた。小学校5年から旧制中学へ(5修)、旧制中学4年から旧制高校に入学できる(4修)システムだ。当時の小学校は6年制、旧制中学は5年制だった。
どちらでも飛び級を果たした神童に、のちの刑法学者、団藤重光がいる。同級生とは2歳違った。ほかの同級生に比べて、どうしても幼稚だ。高校に入ると、「自分っていったい何だろうという、いわば精神的煩悶のとりこになってしまった」と自著で回顧していたという。
のちの人類学者、梅棹忠夫は15歳10か月で旧制高校に入った。2浪の同級生から「こんな子どもと一緒に勉強するのは情けない」と言われたそうだ。
本書ではこのほか、5修組では、評論家の加藤周一、ロケット工学の糸川英夫。4修では、トヨタの豊田英二、日本電気の関本忠弘、通産次官の両角良彦、読売新聞の渡辺恒雄のほか、政治家では中曽根康弘、宮本顕治、作家では今日出海、武田泰淳、堀辰雄、立原道造、中島敦などの名前が並んでいる。
最近、日本でも一部で飛び級が復活しているそうだが、外国では珍しくない。日本文学研究者のドナルド・キーンもその一人。BOOKウォッチで紹介した『ドナルド・キーン自伝 』(中公文庫)によると、小中高を通じて常に一番で、飛び級をくり返し、16歳でコロンビア大学に入学、同級生よりも2歳若かった。暗記力が抜群で、数学も得意。ノーベル賞受賞者を輩出している高校で、数学の天才と言われた同級生よりも成績が良かった。語学は、8、9か国語は勉強したという。
本書では書かれていないが、数学者の望月新一・京都大学教授はプリンストン大学に16歳で入学し、19歳で卒業したという。近年の神童の中ではずば抜けた存在だ。数学の難問「ABC予想」を解いたということで話題になった。いろいろと上には上がいる。
戦前の英才教育でもう一つ興味深いのは、戦争末期の「特別科学組」だ。アメリカに勝つために、新しい発明を期待できそうな少数の英才を集め、国内の5つの旧制中学などで特別な教育を施そうとした。1945年に一期生が入学した。そのうちの一つ、東京高師附属中学特別科学組は4期生まで受け入れ、伊丹十三、藤井裕久、河合秀和、平川祐弘らが在籍した。
京都府立京都第一中学にも特別科学組が設けられていた。1年の1学期のうちに3年分の教科内容を進めるようなカリキュラムだったという。毎日がテストの連続。ロッキード事件を担当した検事で、のちに福祉の仕事に携わるようになった堀田力さんは、戦後もしばらく継続していた特別科学組に入学した。「えらい迷惑でした。・・・同級生は人を思いやることを知らない点取り虫ばかりでした」という回顧談が紹介されている。
著者の小林さんは「いつの世も神童への期待は大きい」ということを踏まえて、神童には「わたしたちが幸せに生活できる社会を作ってほしい」。そして、「自分の持って生まれた才能を社会のために生かしたいという思いを持ってもらえることを望んでいる」と注文している。
BOOKウォッチは関連で、『医学部』(文春新書)も紹介している。受験秀才が集まっている医学部。頂点に君臨してきたのは東大医学部だが、ノーベル賞受賞者が出ず、他大学医学部の教授ポストも減るなど、その「凋落」ぶりを詳述している。
このほか東大関連では『ルポ東大女子 』(幻冬舎新書)、『東大を出たあの子は幸せになったのか』(大和書房)、『東大闘争 50年目のメモランダム――安田講堂、裁判、そして丸山眞男まで』(ウェイツ刊)、『東大駒場全共闘 エリートたちの回転木馬』(白順社)など。
本書に登場する神童の著書では立花隆さんの『知の旅は終わらない』(文春新書)、佐藤優さんの『友情について 僕と豊島昭彦君の44年』(講談社)、山本義隆さんの『近代日本一五〇年――科学技術総力戦体制の破綻』(岩波新書)、前川喜平さんの『面従腹背』(毎日新聞出版)など。大学関連では『大学はもう死んでいる? トップユニバーシティーからの問題提起』(集英社新書)、『海外で研究者になる――就活と仕事事情』(中公新書)、『京大的アホがなぜ必要か――カオスな世界の生存戦略』(集英社新書)、『京都大学熊野寮に住んでみた――ある女子大生の呟き』(エール出版社)など。望月新一教授関連では『宇宙と宇宙をつなぐ数学』(株式会社KADOKAWA)を取り上げている。
江戸時代の天才については『江戸時代のハイテク・イノベーター列伝』(言視舎)、明治の天才、志田林三郎については『清々しき人々』(遊行社)で、榎本武揚については『榎本武揚と明治維新』(岩波ジュニア新書)で紹介している。この二人に比べれば、現代の神童の大半は色褪せる。
本書には「国際数学オリンピック」のことが出てくるので、調べてみたら、個人成績だけでなく、国別の順位も決まるそうだ。最近のベスト3の常連は中国、アメリカ、韓国だ。日本は09年に2位、14年に5位のあと、残念ながらベスト5から消えている。
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