「東北、独立。」という不穏なキャッチコピーを帯に巻いたのが、本書『アウターライズ』(中央公論新社)。評者がいま最も注目するエンターテインメント作家、赤松利市さんの大藪春彦賞受賞第一作である。
西日本出身の赤松さんだが、東北との縁は深い。デビュー作となった第1回大藪春彦新人賞受賞作の『藻屑蟹(もくずがに)』は、東日本大震災による原発事故と除染、貧困がテーマだった。また昨年(2019年)発表した『ボダ子』は、東日本大震災の復興工事にわく宮城県の工事現場で働いた体験に基づく「私小説」だった。
本書は被災地のその後を描いた近未来小説である。
プロローグで、2021年2月5日早朝、宮城県遠方沖を震源とする巨大地震が発生する。東日本大震災を上回る大津波が44分後に押し寄せることが予告される。東日本大震災はプレートの沈み込み部分で発生した逆断層型地震だったが、それに誘発された正断層型地震だったので、10年後の災禍は「アウターライズ」と呼ばれた。
第一章「襲来」は宮城県の石巻市を連想させる架空の「河北市」を舞台にした群像が描かれる。関西出身の出稼ぎ土木作業員、中山欣也に著者の面影が重なる。このほかに河北市の防災企画室室長や河北市商工会議所会頭、実業団陸上競技選手、復興仮設店舗の店員らが登場する。
なかでも見逃せないのが「怪奇蒐集家」を名乗るライターの黒巣幽冥だ。怪談体験を取材し雑誌に投稿することで稿料を得ていたが、東日本大震災を機に東京から河北市に移り住み、ボランティアをしながら、被災地の実話怪談をネットや雑誌に発表していた。
黒巣は津波警報とともに津波避難タワーに駆け込み、ツイッターで実況中継を始めた。「津波避難タワー、なう」に始まり、思いつくまま「人が流されている!」などと書き込んだ。フォロワーは20万人を超えた。これらの登場人物はどうなるのか。
東日本大震災では河北市だけで3975人が犠牲になったが、現段階でゼロ。そればかりか東北全体での犠牲者は6人に止まったことが報告される。東日本大震災を上回る大津波だったのに、どうやってそんな奇跡が起きたのか? その秘密を解き明かすように第二章「開国」が始まる。
日本から独立した「東北国」。国としての実態が整うまでの3年間は鎖国政策が取られた。開国を前に、500人規模のマスコミ団が一切の制限を受けずに取材が出来るという触れ込みで招待された。河北市の取材を申請した何人かが同じバスに乗り込む。
「東北」はいったいどうやって日本から独立したのか。統治体制はどうなっているのか。産業と人々の生活は? 数多くの疑問に著者はていねいに答えてゆく。
業種ごとにギルドがつくられていることや住民にはベーシックインカムが支給されていることなどがおいおいわかる。医療費や住宅費もタダだという。東北国は一種の社会主義国なのか? その原資は何なのか? 疑問はふくらむばかりだ。
何よりも地震による犠牲者が6人というのは本当なのか? 世界各国がいちはやく独立を承認したのはなぜなのか? 読み進むうちにある集団の存在が浮かび上がる。
東北を舞台にした独立国という設定では、過去に井上ひさしの『吉里吉里人』(新潮文庫)がある。これは小さな地域を舞台にしたものだった。本書の「東北国」は、ずっと規模が大きい上に、何かもっと思想的なバックボーンもありそうだ。
古代、「まつろわぬ民」=俘囚が住む土地として、中央に征服された東北。近代においては木材や米など資源と人材の供給源とされた東北。そして近年は首都圏への電源供給地となっていた東北。そうした東北の負の歴史が底流に感じられる。東日本大震災後の「復興」も「2020東京オリンピック」の掛け声とともに、人や資材が東京に吸い上げられていったことが、登場人物の中山の眼から描かれている。
東北の独立なんて絵空事と笑う人も多いだろう。しかし、人々がともに助け合い暮らす「東北国」のあり方には、ポストコロナの国と国民の関係を示唆するヒントがあるように思った。
色と欲と暴力が売り物の赤松作品だったが、本書では封印されている。知と智によって制御された国のかたちに、日本から「移民」したいと思う人もいるかもしれない。
東北出身の評者は深い共感をもって読み終えた。
BOOKウォッチでは、赤松さんの『ボダ子』(新潮社)、『犬』(大藪春彦賞受賞、徳間書店)、『鯖』(徳間書店)のほか、原発事故関連で『ふくしま原発作業員日誌――イチエフの真実、9年間の記録』(朝日新聞出版)などを紹介済みだ。
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