「62歳 住所不定 無職 平成最後の大型新人」という惹句でデビューした作家の赤松利市さん。2017年、『藻屑蟹(もくずがに)』で大藪春彦新人賞を受賞。初の長編『鯖』(徳間書店)をBOOKウォッチで取り上げたのが、昨年(2018年)の秋。今年(2019年)6月には境界性人格障害でリストカットを繰り返す実の娘をモデルにした『ボダ子』(新潮社)を紹介しているので、本書『犬』(徳間書店)は3冊目の登場となる。評者にとって今いちばん目を離せないエンターテインメント小説の書き手だ。
「色と欲で破滅していく人間が私のテーマ」と語っている赤松さん。本書でも「色と欲」にまみれた人間たちが登場する。
大阪でニューハーフ店を営む桜は63歳のトランスジェンダーだ。ふるさとの香川県・小豆島を出て、若いころは東京・新宿2丁目の店で花形となったが、今は大阪・難波の新歌舞伎座裏の「座裏」と呼ばれる一角で、割烹着姿となり、こぢんまりと店を構えている。
57歳のときに18歳のニューハーフ志願の沙希を雇った。岡山の大学教授の息子だが、パンクファッションのかわいい女の子にしか見えない沙希めあての客も多い。つつましくも穏やかな日々を送っているところに、東京時代の桜の「男」安藤が現れ、日常が変調してゆく。
かつて安藤に身も心も捧げた桜。いまはFXの運用で稼いでいると豪語する安藤から儲け話をもちかけられる。店では「お母さん」と呼ばれる桜だが、初老の男だと最近、自分で思うことが多い。老いへの不安を感じる桜は老後のためにコツコツと貯めた1千万円を安藤に預けることにするが......。
中盤から物語は一転し、ロードムービーの様相を帯びる。姿を消した沙希を桜と安藤が追う。沙希はなぜかインスタグラムを更新し、行き先を告げているように思える。二人は岡山県備前市日生(ひなせ)へと向かう。日生は瀬戸内海に面した漁師町だ。関東の人には想像できないだろうが、瀬戸内の港、港はフェリーや定期船で思わぬところが結ばれている。
「世界一の海峡を徒歩で渡り終えました!」
沙希の書き込みを見た桜は小豆島の土渕海峡だと気づく。幅10メートルもない「世界一」の海峡だ。島で生まれた桜へのメッセージに思えた。日生からのフェリーで二人は小豆島へ行く。こんな調子で、岡山、そして長崎県のハウステンボスへと「旅」が続く。
楽しいロードムービーに思えた物語だが、しだいに陰惨な色を帯びてゆく。安藤の暴力に怯える桜。とてもここに引用できないような行為が続く。救いはあるのだろうか。
トランスジェンダーの桜と沙希へ向ける作者のまなざしが、とても温かい。本書の最後に「本作を執筆するにあたり、多くの方々にご助言を頂きました。この場を借りて心より御礼申し上げます」という謝辞が掲げられている。おそらく新宿2丁目かいわいの人びとが取材に協力したのだろう。
話は変わるが、評者はフジテレビのノンフィクション番組が長期間、不定期に取り上げているトランスジェンダーの夫婦の登場を心待ちにしている。「女」になったマキさんと「男」になったジョンさんだ。初老になった二人。ここで問題になっているのが、トランスジェンダーは老後をどう迎えるかということである。まさに桜の問題でもある。
昔の「男」に依存しようとした桜、そんな桜を慕う沙希。血と暴力にまみれた本作は思いもよらぬエンディングを迎える。
前作のインタビューで赤松さんは香川県生まれ、ゴルフ場の芝生の管理をする会社を経営し、全国を飛び回っていたと答えていた。その経歴を生かしたフットワークの軽い作品になっている。途中から物語がうねり出すドライブ感に身を任せて読んでいただきたい。
BOOKウォッチでは、ニューハーフ関連で、『慎太郎ママの「毎日の幸せ探し」』(講談社)、『美しすぎるニューハーフ料理研究家のお釜ごはん』(マキノ出版)を紹介済みだ。
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