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戦後70年、世界の科学技術を席巻した米国の歩みを振り返る

科学技術の現代史

 第2次大戦後の世界の科学技術の飛躍的な進歩は米国によって主導されてきた。戦時中に始まった核兵器開発のマンハッタン計画は、広島、長崎への原爆投下という人類の悲劇と核拡散という地球規模の大問題を引き起こした。一方、デジタルコンピューターの開発はパソコンやスマホの普及につながり、社会や経済だけでなく、我々の日々の暮らしをも一変させた。本書『科学技術の現代史』(佐藤靖著、中公新書)はその歩みをコンパクトに振り返る。著者は東大工学部航空宇宙工学科を卒業し、当時の科学技術庁(現・文部科学省)に入った元科学技術官僚。米国に留学した後、科技庁を退職して大学の世界に転じ、現在は新潟大人文社会科学系教授を務める。専攻は科学技術史・科学技術政策だ。

スプートニク・ショックに触発された米国の科学技術予算

 この分野の専門家らしく、佐藤氏は言葉の定義にも厳密だ。我々が日常的に使う科学技術という言葉も欧米では「Science and Technology」という言葉が使われている。この表現だと「科学と技術が分離されたニュアンスが残る」という。書き出しからやや生硬な感じを受けるが、図表は豊富で内容はわかりやすい。マンハッタン計画に見られるように巨大科学技術は政治の影響を大きく受ける。戦後、米国の科学技術予算は右肩上がりで上昇していくが、予算の飛躍期と停滞期を繰り返している。最初の飛躍は1957年に当時のソ連が世界初の人工衛星スプートニク1号を打ち上げた「スプートニク・ショック」の1950年代末から60年代前半。これは69年のアポロ11号の月面着陸に結実した。第2期がSDI(戦略防衛構想)など軍事技術開発に多額の予算が投じられた1980年代。その次が2001年の同時多発テロを受け、軍事予算を大幅拡大した2000年代だという。このはざまの時期は逆に予算の停滞期に入っていたと言えるそうだ。

 核兵器やコンピューターが軍事技術の産物であることは間違いないが、こうした最先端技術はすぐに民生部門に技術移転され、デュアルユース(両用)技術と呼ばれている。原子炉やロケット、人工衛星など原子力や宇宙技術はその代表格と言える。原発は原子力潜水艦用に開発された原子炉が1957年に民生用の原子力発電所として運転開始されたのが最初だ。

ますます激化しそうな米中の覇権争い

 本書は米国の科学技術の進展とその社会への影響を取り上げるので、米国以外の記述は多くない。スプートニク・ショックに代表されるソ連との冷戦。そして1968年に世界第2位の経済大国となった日本との長い確執。1982年には日本企業の技術者が米国で逮捕されるIBM産業スパイ事件が起きている。その日本も2010年にはGDPで中国に追い抜かれてしまう。現代は米中の間で貿易摩擦と知的所有権などをめぐる激しい技術摩擦が起きている。科学技術の進歩が経済や政治を大きく動かし、大国同士の覇権争いに大きく影響している構図が浮かび上がる。

 中国はGDPで日本を追い抜くと、こんどは米国に迫る勢いで急激な経済成長を続けてきた。これに脅威を感じた米国が大型の関税や技術流出の防止などさまざまな手段を使って中国に懸命の揺さぶりをかけている。本書に出ている「GDPの世界シェアの推移」というグラフを見ると、1960年代以降、EUと並ぶことはあっても20世紀中は日本や中国の追撃を退けてきた米国が今や中国の追い上げに強い危機感を感じていることが見てとれる。

 21世紀に入って際立っているのは情報通信のイノベーションだ。インターネットは1990年代から急速に普及してきたが、フェイスブック(2004年)、ユーチューブ(2005年)、ツイッター(2006年)など「新しいメディアが次々と現れ、大きく成長していく」。

AIは人間を追い抜くか? 今後は予測困難な時代

 それではこれからの科学技術はどう進化あるいは変化していくのだろうか。筆者はこの70年の進展を概観したうえで、終章を「予測困難な時代へ」と名付ける。AIの急速な進展といずれ、「AIが人間を総合的に超越し自律的に進化する『技術的特異点(シンギュラリティ)』が到来するのではないか」という議論や「自律型致死兵器システム(LAWS)」に対する懸念も指摘するが、その見通しや議論を詳しく紹介することはない。もう少し議論の詳細や著者の見方を示しておいてほしい、と思う読者もいることだろう。

 記述はあくまで冷静でそれ自体には好感が持てるが、あまりに教科書的すぎてやや踏み込み不足という印象も受ける。科学技術史にそれほど強い関心を持たない読者をひきつけるためにはコラムなどの形で、科学技術にまつわるエピソードやトリビアを紹介する工夫があってもよかったのではないだろうか。

BOOKウォッチ編集部 レオナルド)
  • 書名 科学技術の現代史
  • サブタイトルシステム、リスク、イノベーション
  • 監修・編集・著者名佐藤靖 著
  • 出版社名中央公論新社
  • 出版年月日2019年6月25日
  • 定価本体820円+税
  • 判型・ページ数新書判・224ページ
  • ISBN9784121025470
 

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