高度成長期の前夜、労働力が都市に集中していき、核家族が増えていくなかで、日本は「総中流社会」と言われた。総中流の基盤になった「人々の普通の生活」は、どのように成立したのだろうか。
本書『総中流の始まり――団地と生活時間の戦後史』(青弓社)は、サラリーマンとその家族が住む団地に焦点を当てて、1965年に行われた「団地居住者生活実態調査」を現代の技術で復元して再分析した労作である。当時の生活文化や団地という社会空間がもつ意味を実証的に明らかにしている。
「団地居住者生活実態調査」は、1965年に神奈川県民生部と日本住宅公団の委託によって、東京大学社会科学研究所の氏原正治郎氏、小林謙一氏らが神奈川県下の6つの団地を対象として行った調査である。一日24時間をどのように過ごしているか、生活時間調査という側面から描き出したのが最大の特徴だ。
今回、保管されていたすべての調査票をデジタルカメラで撮影し、画像データとして複製した。6団地1052世帯分だ。2014年から調査データを東京大学、成蹊大学、筑波大学で入力、文字データのコーディングを行った。
それらのデータをもとに本書は以下の5章からなる。
第1章 普通の時間の過ごし方の成立とその変容 高度経済成長期の団地生活での一日のあり方 第2章 団地での母親の子育て 第3章 団地のなかの子どもの生活時間 第4章 団地のなかのテレビと「家族談笑」 第5章 団地と「総中流」社会
基本となるデータをいくつか紹介したい。平日、睡眠時間は夫が7時間44分、妻が7時間22分。休日は夫が10時間22分、妻が9時間17分と夫が妻よりも1時間以上長く睡眠をとっている。
最新のデータ(2016年)では、30代夫婦では平日、男女ともに7時間19分、日曜日は男性が8時間26分、女性は8時間17分である。平日は現在とあまり変わらないが、休日は現在よりもかなり長く寝ている。
通勤・移動時間は外で働いている夫の平日が2時間17分で、横浜市や川崎市、東京都内への長距離通勤がすでに始まっていたことがわかる。
生活時間は男女でまったく異なり、核家族化と性別役割分業という形が団地全体の生活の基調となっていた。この第1章を執筆した渡邉大輔氏(成蹊大学文学部准教授)は、2010年代を生きる私たちにとって「確かに夜寝る時間は若干早いものの、私たちのいまの生活とあまり変わらないのではないか」という感想は妥当なものだろう、と書いている。
また子どもたちはいまよりも、小・中学生で30分前後、高校生では1時間以上も学校にいる時間は短かった。一方で睡眠時間は1時間以上長かった。日曜日にクラブや部活動に行く子どもも少なかった。家庭学習とテレビ視聴は浸透していたが、まだ塾や習い事、スポーツクラブへの参加などは広まっていなかった。
「普通の生活」の基準ができあがる一方で、男性の長時間労働や遠距離通勤、性別役割の固定化など、現在につながる問題がすでに始まっていたことがわかる。
データを分析した叙述がほとんどを占めるが、各章ごとのコラムが面白い。「総中流と湘南電車」と題した相澤真一氏(上智大学総合人間科学部准教授)のコラムでは、国鉄(現JRグループ)が「五方面作戦」と呼ばれるプロジェクトをこのころ始めたことを紹介している。これにより、東海道線と横須賀線は完全に別路線になり、当時東京駅から神奈川県の藤沢駅まで70分かかっていたのが現在47分となった。しかし、所要時間の短縮によって、東海道線の地域はより遠方まで郊外住宅地として開発が進み、現在でも東海道線は最も混雑する通勤路線の一つである、と書いている。
「おわりに」で渡邉氏は、団地の中でも生活時間は多様であり、職業階層間の亀裂がその後先鋭化していく萌芽が見てとれる、と指摘している。「誰もが『普通の生活』を営むことができるという幻想は、実態レベルでも言説レベルでも解体し、2000年代以降の格差社会論へと向かっていくのである」と結んでいる。
団地にかんする本といえば、東京都東久留米市の滝山団地で育った原武史氏(日本政治思想史)の『滝山コミューン一九七四』(講談社)が思い浮かぶ。同団地は日本住宅公団(当時)の分譲が多く、そのため団地=画一的、革新的というイメージが形成された。しかし、本書によると、生活時間の詳細はいくつかパターンがあり、想像以上にさまざまな人々が暮らしていたことがわかった。調査の対象となった団地は、市営住宅、県営住宅、公社住宅、公団住宅と設置主体が混在しており、より多様な人々が入居していたからだ。従来の団地像の更新を迫る本と言えよう。
BOOKウォッチでは、団地関連で『団地と移民』(株式会社KADOKAWA)、『千の扉』(中央公論新社)などを紹介している。
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